15 奇妙な場所
気がつくとアスターは見知らぬ場所に立っていた。
足元には温かみのある乳白色の大理石が敷き詰められており、アスターの横には大きな
水盤があった。円陣を組んだ彫り物の八頭の象でできている台座に乗った大きな銀の水盤
に張られた水は鏡のように張りつめていた。
ゆっくりとあたりを見回した。アスターが立っているとてつもなく広い円形の広場はそ
びえ立つような大理石の円柱で囲まれている。等間隔に規則正しく、まるで檻のように並
んでいる円柱が途切れた空間の先には巨大な宮殿がある。宮殿に続く歩道はやはり大理石
で敷き詰められ、その道に沿って並ぶ背の高いナツメヤシの間にある潅木には色とりどり
の鮮やかな花が咲き誇っている。
大小さまざまな高い塔がいくつも連なった巨大な宮殿はまるでモスクのようで、そのず
っとむこうには不毛の砂漠が広がっている。まるで巨人の国に迷い込んだようだ。
どう見ても熱帯としか思えない景色なのだが、空気は初夏のようにすがすがしく、甘い
花の匂いが漂っていた。広い空は澄み切った薄い青でかすれた雲がところどころにたなび
いている。
呆然としているアスターのそばに、いつのまにかあの男が足音もなく近づいてきた。
「やあ、驚いたかい?」男の足元をまとわりつく黒くしなやかな豹がその金色の目でアス
ターをあざけるように見た。男は広がって膨らんだ裾を足首できゅっとしぼった白いズボ
ンに襟のないゆったりとした白いシャツ、皮のサンダルを履き、金で縁取り銀で刺繍を施
したトルコブルーの長いベストをつけている。まるでアリババ! ターバンはない。
アスターは自分の姿を見下ろした。紺色で縦縞のネルのパジャマ、おまけに裸足だ。
男は気にするなというように手を振った。
「ここの景色はすぐ変わる。君はいいときにきた。荒れはてた不毛の火山地帯のときあれ
ば、雑然としたスラム街のときもあるし、月の上にある場合もある。このときは空に地球
が浮かんで見えてちょっと見ものだが」
口を開けたままのアスターを見て楽しんでいる。
「今、ご主人様は数億回目のハネムーンに出かけていて留守なんだ。やっと后が元の姿に
戻ったんで仲良く銀河の果てまで足を伸ばしている。だから誰もが休暇でいない」
「君は残っているの?」
「僕はこれといって行くところもない。ここの生活をはじめたばかりだから、ここにいる
ことが面白い」そう言うと傍らの豹を優しくなでた。
「ところで君をここに呼んだのは……まったくなんでこう君の面倒を見たくなるのかよく
わからないんだが……君には恩があるし……まあいい」首を振るとアスターに水盤をのぞ
くよう
に言った。
男が指で水面に軽くふれると幾重もの波紋が広がり、その波紋がおさまったあとにはジ
ェシカの寝姿が映っていた。
その無邪気で無防備な顔は心持ち微笑んでいるように見える。
「かわいい娘だね」男の横で豹が鋭い牙をほんの少しむき出した。
「まぶたに口づけすればよい」前置きもなかった。
わけがわからないアスターに男は微笑んだ。「そうすれば君と同じものが見えるように
なる」
言葉が出ないほど驚くアスターを取り囲む景色がぼやけはじめた。意識が遠のくアスタ
ーに聞こえた最後の声は「片方だけにしておいたほうがいい」