18 ミリーの胸像
ガチャン! 「えいくそっ!」台所でジェシカがつかみそこなったカップを割ったのだ ろう。 「やれやれ」アスターはため息をつく。家にある食器がすべてかけらになる日も近い。 あれからジェシカはアスターの家にいりびたっている。それはそれでとてもうれしいこ となのだが、あんなことがあった後だというのにまだジェシカは反抗している。 つまり……あれからずっと眼帯をしている。それも普通の眼帯ではない。海賊がしてい るようなやつ、それも瞳にあわせてエメラルドグリーン。 「大丈夫?」アスターがのぞくと割れたカップを片付けていたジェシカはテーブルで頭を 打った。 「いい加減に認めたら?」 「フン、ものもらいができたと思えばいいのよ」 『往生際が悪いな。体中痣だらけだ。ただでさえ荒っぽいのに』ドンが呆れている。ほか のみんなそれぞれの用事で出かけいない。 目をふさぐと声も聞こえないようだ。だけどジェシカにはアスターを見ていれば誰かが いることがわかる。 「あんたたちみんなただのものもらいよ!」ジェシカが怒鳴ってどこかに消えた。 『なんであんなに意固地になるんだ?』眉を上げるドンにアスターはつぶやいた。 「腹をたてているんだ。ミリーの胸像のこと」 『話したのか?』 「いや、でもミリーを見たときなにか感じたらしい。あの像を作っているときもみんない たのかって訊かれた」 『感がいいな』 感心しているドンを睨みつけながらアスターはぼやいた。「ジェシカは芸術家だ。その 部分ではとてもプライドが高いんだ。まあ、そこだけではないかも……」 『本当のことを話したほうがいいんじゃないか?』 「殴られるかも」 『かわりに殴られてやるよ』ドンはそう言って、にやりと笑った。 アスターはただため息をついた。
すべてを知ったジェシカは予想どおり、勝手に自分の身体を利用したことを怒りまくっ た。 「許可を取ればよかったのかい?」 「そういう問題じゃない」 「ミリーのたっての願いだったんだ」 「つまりわたしが作ったんじゃ駄目だということね」 「そうじゃなくって、最高のものにしたかったんだよ」ジェシカに睨まれて急いでつけく わえた。「もちろん君の作るものも素晴らしいけどね」 「ふーん。確かに実像は得意な分野ではないわ」ジェシカは何を考えているのかわからな い。 「行くわよ」そう言うと上着をつかみアスターをせきたてた。 「どこに?」 「マシュー先生の家に決まってるでしょ」 マシュー先生の奥さんはジェシカのアイパッチに一瞬、驚いたものの、突然の訪問を快 く迎えてくれた。芸術家という肩書きはまったく便利なものだ。多少変でも受け入れられ る。 奥さんはとても幸せそうだった。ミリーはさぞかし複雑な気持ちだろう。 「あなたの作った胸像、みんな感心してるわ。とても崇高なんですって。わたしにはよく わからないけど」 胸像には大版のスカーフがかけてある。埃をかぶせないためらしい。 奥さんがお茶の用意をすると言って部屋を離れるやいなや、ジェシカは胸像に近づいて しげしげと観察した。おもむろになでまわし、頭のてっぺんから後ろまで目を細めて丹念 に見る。横ではらはら見ているアスターを尻目に、胸像を抱え上げ、ひっくり返し底を確 認するとやっと満足したのかもとの位置に戻し、「ふん、光栄だわね」鼻を鳴らしながら 言った。 奥さんは残念がったが、急用を思い出したと言ってふたりは早々に帰った。 「いったいなにをさがしていたの?」 「もしかして、その素晴らしい芸術家とやらはなにか残しているんじゃないかと思って」 「で、あったの?」 「底にサインがあった。あの像にわたしはサインを残した記憶がない。くそっ!あれはわ たしの作品ではない」 落ち込むジェシカはひとりで家に帰りたいと言うので、心配だったがしかたなく別れた。 幽霊たちたちの誰かが様子を見ていてくれるだろう。アスターは自分が見張られているの がとても嫌だったが、立場が変わると状況も変わる。 母さんたちを責められないな。保護と不安とプライバシーの闘いだ。 もうひとり落ち込むものがいいる。ミリーだ。 『マシュー先生はとても幸せそうにみえるけど』フィンが事実を述べるとミリーは口をと がらせた。 『まだ満足できないのよ。こればかりはわたしにもどうにもできない。わたしだってマシ ュー先生は幸せだと思う。でも問題はわたしがそれを見ても幸せを感じないの!』そう言 って消えた。 「複雑だね」アスターがつぶやくと 『頭でわかっていても感情はそうはいかない。待つしかないのさ』ドンが達観したように 言う。 「なにを?」 『それがわからない』
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