19 デイジーの恋人
 ジェシカは閉じこもった。みんなはそっとしておいたほうがいい、そのうち出てくると
言うがアスターは心配でならない。やっと見つけた相手を失うのでは? もちろん相手が
誰でもいいというわけではない。アスターはジェシカの持つ率直さや気の強いところ、あ
っけらかんとしたところが大好きだった。
 まっすぐに相手を見つめるエメラルドグリーンの瞳、すぐぼさぼさになる髪、寝起きの
むくんだ顔もとても愛しかった。ここまで一緒にいたいと思った相手はいない。
 やきもきしながら落着かない日が何日か続き、もう限界だとジェシカの家に行こうと思
ったそのとき、アスターの家にその本人が飛び込んできた。
「ジェシカ!」まず驚き、それから喜び、そして不安になった。
 そんなことはおかまいなしにジェシカがアスターの腕をつかむ。
「あなたのおばさんの恋人が目を覚ましたって!」
 デイジーおばさんはジェシカのところでずっと様子を見ていた。そして強硬手段に出た。
ジェシカのアイパッチを無理やりはがすと目の前に立ちはだかった。ジェシカは目を閉じ
ればいいことなのに思いつかなかったらしい。それからデイジーおばさんはこんこんと説
教? いや、説得をした。
 現実を受け入れること。そしてこの能力を得ることは自分が選んだことなのだから逃げ
るのは卑怯だと。
 ジェシカは卑怯なことが大嫌いだ。フンと鼻を鳴らすとデイジーおばさんと鼻をつきあ
わせて言った。
「わかってるわ。少しずつ慣らそうと思ったのよ。もう慣れたわ」そう言うとパッチをゴ
ミ箱に投げ捨てた。
「デイジーおばさんのところに行かなくっちゃ!」飛び出そうとするアスターをドンが止
めた。
『落着け、アスター。君が行ってもどうにもならない。それにわたしたちが行ったほうが
早い』そう言うとぱっと消えた。
 瞬間移動! 便利なもんだ。アスターはやきもきしながら待つしかなかった。
「いい人よね」ジェシカがしみじみ言った。「あなたのおばさんといろいろと話をしたの。
あなたのこと、そして彼女自身のことも。そうしてたら突然、おじいさんが現れて社長が
目を覚ましたって言うの」
「ああ、僕の大好きなおばさんだ。どうなっているのだろう」
「少なくともこれ以上悪くならないこともあるわ。おばさんはもう死んでいるんだから」
 確かにそうだ。だけど幽霊は生きているときよりずっと感情が深い。デイジーおばさん
は恋人にどうなることを望んでいるのだろう? 恋人が生き返って幸せになること? そ
れとも死んで一緒になること? 答えはわかっている。後のほうだ。そしてアスターもそ
う願っている。でもこれは人の死を願うことになる。
 じっとしておられず部屋の中をうろうろと歩き回っていると、みんなが現れた。デイジ
ーおばさんがいない。
「どうなったの?」アスターがたたみかけるように訊いた。
 デイジーの恋人は自分がどこにいるのかわからなかった。ずっと霧に囲まれた森の中に
閉じ込められているようだった。一緒にいるはずのデイジーがいない。ぼんやりとした頭
でさまよっていた。時間の感覚もない。どうしたらいいのか考える頭もない。そのうち濃
い霧の一部がゆっくりと薄らいだ。中にほっそりとした男の影が見える。
「君は間違ったところにきてしまったようだね。待っている人がいる。帰らなくては。と
ころで君はどこに戻りたい?」
 目が覚めた。自分の家でベッドに寝ていた。あわてて駆けつけてきた家族の顔を見回す
と言った。「デイジーはどこだ?」
 頭の中の朦朧とした記憶を探った。「ああ、彼女は……。わたしは戻る場所を間違った
ようだ」その時、すぐそばに求めているものを感じた。「デイジー、君かい?」
 それが最後の言葉だった。
 
『デイジーは恋人と一緒になれたわ』フィンが夢見るような瞳をしている。
『今、あなたの家族に挨拶に行ってるわ。お別れのね』ミリーの言葉にアスターは愕然と
した。
「デイジーおばさんはいなくなっちゃうの?」
『本当はずっと前からいなかったんだよ。わかってただろ?』ドンが静かな声でアスター
を見つめる。
「でも……」言葉がなかった。なにか言おうと口を開けかけたとき、その当人が現れた。
『アスター、喜んでちょうだい。お別れのときがきたわ』
 デイジーおばさんの後ろには穏やかに微笑む半透明の男がいた。
「デイジーおばさん……」言葉が出ない。
『アスター、悲しそうな顔をしないで。わたしは幸せなのよ。幸せだからこうして行くこ
とができるの。あなたのことはとても心配だけどなんとかなると信じてる。あまり早く再
会しないことを願ってるわ』
 みんなと別れの挨拶が終わると最後にジェシカにアスターの面倒を見ることを約束させ
た。
 そしてみんなをゆっくりと見回すと寄り添ってきた恋人と顔を見合わせ、顔を輝かせな
がら消えた。
 残るのはため息だけだった。
『彼女がいなくなって寂しい。だけどうらやましいことでもある』ドンがみんなの気持ち
を代表して表した。もちろんアスターはすべてに賛同しているわけではないが。
 しばらくそれぞれが自分の思いに沈んでいた。静寂を破ったのはジェシカだった。
「アスター、あなたの家に行ってわたしを紹介してちょうだい」
「なんだい、いきなり」アスターは驚いた。「それに君は僕の家族に会ったんだろう?」
「ええ、だけどそのときはただの友達だった。今度はあなたの婚約者として行きたいの」
 アスターはしぶった。もちろんいつかは家族にジェシカと婚約したことを言わなければ
いけない。その時家族がどういう行動に出るのかわからないが、諸手をあげて喜んでくれ
るとは思えない。むしろ阻止しようとするだろう。なぜだ?
 その答えを出すかのようにジェシカが続けた。
「あなたのおばさんが言っていたの。あなたは結婚すると災いがおこるって」
「災い?誰に?」
「あなたに。あなたにとてもよくないことが。だからあなたの家族はあなたを守るために
結婚を許さないかもしれないと言っていた」
「いったいなんの話なんだ。だから僕はずっと監視されていたというのかい?」
「それが肝心なところを訊こうとした時にああなっちゃたのよ。まったく」そう言うと腰
に手をあてて幽霊たちを見据えた。「あなたたち、なにか隠してない?」
『とんでもない。わたしたちもなに知らない。デイジーはプライバシーを尊重していた』
とドン。
『そうよ。わたしたちお互いに知らないことがいっぱいあるのよ』フィンがそう言ってみ
んなの同意を求めると全員が何度も頷いた。
 これにはアスターが呆れたように肩をすくめた。
『だけど君の家に行くというのはいいな。どうせ行かなくてはいけないんだろ』ドンが眉
を寄せながらあごをさすった。『わたしたちも一緒に行きたいんだが、あの家には入れな
い。なんとかならないかな?』

 

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