20 再び町に戻る
 煮え切らないアスターに有無も言わさず話は進んでいった。ジェシカは雑貨屋からトラ
ックを借りてくると引き立てるようにアスターを乗せた。
「まだ心の準備ができてないんだ」弱音を吐くアスターにジェシカは容赦なかった。
「なに言ってるの! こういうことは勢いでいかないと先に進まないのよ」
「だけどなにかが起こるのは僕なんだ!」
 ハンドルを握るジェシカは横目でじろりとアスターを見た。「わたしと結婚したくない
の?」
「そんな……いや……ただなにが起こるのか知るのが怖いんだよ」声がだんだん小さくな
る。
『おーこわ』フィンの声がする。
『完全に尻に敷かれてるわね』とミリー。ドンは賢明にもなに言わない。
 アスターも口を閉じることにした。これでいいのかもしれない。確かに自分だけだった
らいつまでも先に進まないだろう。ジェシカと婚約したことさえ奇跡かもしれない。みん
ながあと押ししてくれ助けてくれた。それにとても強いジェシカ。ジェシカがいればこれ
から対峙することにも耐えられるような気がする。
 まあ、我ながら情けない奴だと思わなくもないが、今から君に不幸が起こる。その不幸
を知りたいか?そう言われて自分から喜んで聞きたがる奴はいないだろう。かといってそ
れは知らん振りしてやり過ごせるものではない。八方ふさがりだ。この崖を飛び越えない
と僕の人生は先に進めないというわけだ。だがその先がどこに続くのかわからない。行き
着くところのない考えにつかまっているうちに、うたた寝をしていたようだった。いきな
りの急ブレーキでフロントガラスにしこたま頭をぶつけたアスターは呆れ果てたように睨
みつけるジェシカに腕組みをしたまま言った。
「驚かせないでくれ。のんびり寝ていたんじゃない。考え事をしていたんだ」
「着いたわよ」
 トラックは店の前ではなく、グレートローズの屋敷の玄関のまん前、歩道の真ん中に止
めてあった。
 行きかう人々が迷惑そうに顔をしかめて通り過ぎる。裏庭に入る道を教えようとしたと
きエメットが転がるように出てきた。
「お帰りなさい、坊ちゃま。よくいらっしゃいました、ジェシカ様」
 トラックのことはエメットにまかせて、中に入れないんだと残念そうにしているドンた
ちを残して中に入った。
「お帰り、アスター」ヴィオラはアスターを抱きしめ、ジェシカに微笑んだ。店は臨時休
業、エルダーも早退していた。
「父さん、デイジーおばさんのこと残念だったね」
「いや、これでいいんだ。死んでいるのはとっくの昔にわかっていたんだ。彼女は満たさ
れた。だからこれでいいんだ。寂しくなる。それはしかたない」オークは自分に言い聞か
せるように言った。
「やあ、ジェシカ。よくきたね」エルダーは取っておきの微笑をジェシカにむけた。
 アスターはジェシカをエルダーから遠ざけるように自分のほうに引き寄せた。
「実はこんなときになんだけど……」ジェシカに肘打ちされながらアスターはなんとか続
けた。「ジェシカと僕は婚約したことを報告しにきたんだ」
「まあ!」最初に声をあげたのはヴィオラだった。
「……そうか。おめでとう」父親がおめでたくなさそうに言う。
「おいおい、本当なのかい? ジェシカ、こいつのどこがいいんだ?」エルダーは不満を
隠そうともしない
 玄関での立ち話もなんですからいって場所をかえることを提案するエメットにしたがっ
てぞろぞろと居間に移動した。いつのまにかまるで楽しいお茶会でも開かれるように温か
いティーポットとお菓子が銀のトレイに用意されている。みんながそれぞれの場所に落着
くまで誰も口を開かなかった。温かい紅茶が目の前に置かれエメットがいつものようにど
こかに隠れると、ヴィオラが口火を切った。
「そう、結婚するの」頭の中は違うところに行っている。
「ジェシカのことはもう知っているでしょ。許可を求めにきたんじゃないんだ。報告にき
たんだ。もちろん喜んでくれたらうれしいけど……」アスターは挑むように話した。
「ああ、もちろんうれしい」オークがためらいながら言った。「だが……まだ……認める
わけにいかん。ジェシカが悪いというわけではないが……」歯切れが悪い。
 エルダーが口をはさんで水をさす。「ジェシカ。よく考えたほうがいい。本当にこんな
男でいいのか? 軟弱な男だぞ、こいつは。見かけもぱっとしないし、頼りにならない奴
だ」
 あんまりだ! いくら兄さんでもそこまで言われる筋合いはない。だがアスターが口を
開くより先にジェシカが噴火した。それまでしおらしいふりをしていたジェシカの血が煮
えたぎる音が聞こえるようだった。
「なんなの、いったい!」居間にいる全員を見据えると目を吊り上げて言った。
「皆さんがなにか隠しているのは知っています。それがアスターによくないことだってこ
とも。だけどこのままいつまでも彼がおじいさんになるまで守り続けるつもりなんですか。
わたしはそんなに待てない。なにが起こるのかはっきりしてもらわないと次の人も見つけ
られない」
 これにはアスターがあわてた。「ジェシカ!」
「嘘よ」ジェシカは肩をすくめて舌を出した。
「そうね。いつまでもこのままにしておけないわね」ヴィオラが観念したようにため息を
ついた。
「ヴィオラ……」オークがヴィオラの手をぎゅっと握るとヴィオラはそっと微笑んだ。
「わかったわ。この際だから何もかもはっきりしましょう。あなたも自分から飛び込んで
きたのだから覚悟しておいてね」そう言ってジェシカを見据えた。
 空気が張りつめた。と、部屋の隅で大きな音がした。
「すみません。トレイを落としてしまって。お代わりはいかがです?」エメットが間の抜
けた声で言うとみんなに睨まれすごすごと消えた。
「アスター、あなたは結婚して子供を持つと死んでしまうかもしれない」

 

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