25 結末
「さて、いろんな騒動が起って、なんのために集まったのか忘れそうだった」ローズは確
認するようにひとりひとりを見つめた。部屋の中にはローズ、ドン、オーク、ヴィオラ、
エルダー、フィン、アスター、ジェシカ、そして隅のエメット。それぞれが緊張した面持
ちで思い思いの場所にいる。そしてみんなの中央に移動したテーブルの上に置いたアスタ
ーの文鎮、あるいはブライアのかたまりを見つめた。
「わたしたちに降りかかる災難がブライアの強力な力によってはじまったことがわかった。
だからこの力を無効にしなくてはならない」
「なんで呪いとかそれを解く方法とかいう言葉を使わないの?」ジェシカがアスターの耳
元で囁く。
「ブライアはご先祖様だよ。それに悪意を持ってやったわけではない。たまたまそうなっ
てしまったんだ。彼女もかわいそうな人なんだよ」聞きつけたローズがジェシカに向かっ
て諭すように言った。
「まったくそのとおりだと思います」ジェシカは小さな声で言った。
「とはいえ、なにからはじめていいのかわからない」ローズが唸る。
 部屋の中を形にならない疑問符が飛びかう。お互いの顔を見つめても答えは出ない。
「また手をつなぐ?」ヴィオラの言葉にオークが首を振る。「これ以上の危険は避けたい。
違う方向から攻めてみたほうがいい。君たちのできることで役に立ちそうなことはないか
な?」幽霊ふたりに訊く。
『思いつかないな。わたしたちができることといえば仲間から情報を集めることぐらいだ
し……』
「となるとやっぱりねえ……」青ざめるオークを横目で捕らえながらもヴィオラがうなが
すようにローズが見る。
「それじゃあ、さっさとはじめようか」ローズが腰を上げようとしたとき、まるで水面に
波紋が現れるように部屋の空気が震えた。
 奇妙な雰囲気にみんなの肌がちりちりとあわ立った。鍵を掛け、かたく閉じてあったは
ずの両開きの窓が一陣の風とともに静かに開き、若い男が重たいカーテンの間からにこや
かに入ってきた。
「やあ、招待はされていないんだけど、僕もこの集まりに参加したいのだが」うかがうよ
うにアスターを見た。
 男は近寄りがたい気品を漂わせている。細身の身体に黒いズボン、胸元と袖口にたっぷ
りとレースをあしらったシャツ、刺繍を施した丈の長い黒い上着を身につけている。浅黒
い肌に波打つ黒髪は肩まで届き、闇のような瞳は子供のように輝いている。とてもハンサ
ムなのだがただひとつ、片方の頬に大きく刻まれた三本の赤い線がその美しさを損なって
いる。
「君は!」アスターは驚きのあまり開いた口を閉じることができなかった。
「久しぶりだね。そうでもないか」
 アスターの目が頬の傷に止まったことに気づいた男はなに言うなというばかりに手を振
った。「彼女は嫉妬深く気性が荒いんだ」やれやれというように肩をすくめた。
「おっほん」エルダーがみんなを現実に引き戻した。「アスター。よかったら紹介しても
らえないか?」
「ああ、こちらはこのあいだ話したあの変な雑貨屋で胡散臭い……」アスターは困った。
「君の名前を知らない」
「名前はどうでもいい。おききのとおり僕は以前、ちょっと洒落た雑貨屋でアスターと知
り合い、縁あって友人となった摩訶不思議の倉庫番です」そう言うと深々と腰を曲げ優雅
にお辞儀した。「あなたがたのことはよく知っています」一同に笑顔を振りまいた。
「なぜかおたくのアスターとはうまが合いましてね」いったん言葉を切ると怪訝な顔をす
るアスターをにやりと見た。「それにあなた方の家系は僕の世界と縁がある。そこにある
文鎮ももとはといえば僕が彼にプレゼントした物だし、僕にも少し責任があるかもしれな
い。僕は友人思いでね」
「それにあなたたちがしようとしている仕事は手にはあまるほど大きい」ローズとヴィオ
ラに向かって言った。「前回は運がよかったが、今回はどちらかが、あるいは両方が、生
まれる前の世界それとも生き終わった後の世界に行ってしまうかもしれない」
 倉庫番はなんでも知っているらしい。「で、どうしたらいいんだ?」アスターが訊いた。

「そこなんだ、僕は考えたんだ。なぜ僕はこんなにも君に尽くしてしまうのだろう?」憂
いを含んだ瞳を半分ふせて優雅に首をかしげる。
 その姿を女性陣はため息とともにうっとりと見ている。
「じゃあ、何しにきたんだ!」アスターは呆れ果てた。
「まあ、彼はあなたを助けにきたと言ったじゃない」ジェシカがアスターをつっつく。
 面白くない顔をするアスターに倉庫番はにやりとした。「そこの美しいお嬢さんの言う
とおりだ」
 まだ明るい時間のはずなのになぜか部屋は真夜中のように薄暗くなってきた。
「雰囲気は大事だ」倉庫番はそう言うとポケットからぼんやり光る玉をいくつか取り出し
宙に浮かべた。
「君は何もかも知っているようだ。アスターに起きるかもしれない災難を防ぐこともでき
るのか? それとヴィオラやローズを普通の人間にすることも」オークの言葉に倉庫番は
考え込むように首をかしげた。
「アスターはあなたたちの思っていたとおり、今のままだと子供と引き換えに死んでいた。
だが、ブライア、この文鎮に呪いを解いてもらえばいい。あなたの奥さんとお義母さんの
力、アスターの力も含めて、それは変えられない。もっと根源的なものだから」いとも簡
単に言う。
「どうすればいいんだ?」アスターはつめよった。
「君はまるで磁石のようにいろいろなものをひきつけていたんだよ」そして上着に入るは
ずのない大きさの水晶玉を取り出した。「これは君の部屋から勝手に拝借してきた」
 転がらないように敷物を置くとブライアのかたまりの横に並べた。
「この水晶玉には彼女の夫の言葉が詰まっている。ものごとはいろいろとつながっていた。
そしてその中心に君がいる。君はまったく不思議な存在だね」アスターに微笑む。
「あの幽霊屋敷の主はかつてブライアの夫だった。彼女のもとを逃げるように去ったあと、
遠く離れた土地に落着き、その後持ち前の才能で再び、ひと財産をなし、過去を忘れよう
と、あるいは寂しさからか再び妻を娶った。だが、ブライアと娘のことが忘れることがで
きなかった。自分の息子と娘を重ねあわせますます気が咎めた。それからとりつかれたよ
うにふたりをさがしはじめた。ブライアがこんなことになっているなんて知らなかったし、
娘はおじさんと放浪の旅をしていたからとうとう見つけることはできなかった。その間、
男はたまたま見つけ求めた水晶に話しかけた。ひとり、暗い書斎に閉じこもり許しを請い
つづけたんだよ」
「あの屋敷の主がブライアの夫だって! ということはジェシカもつながっているんだ」
アスターは驚いた。
「まったく不思議な縁だ」倉庫番は頷き、一同をゆっくり見回すと楽しそうに微笑んだ。
「さて、それではショーな始まりだ」
 倉庫番が水晶玉の上に手をかざすと水晶は白く濁り、細やかなひびで覆われはじめた。
そのすべてひびの隙間から湧きでた青白い煙がゆっくりとブライアのほうに流れていく。
煙はブライアを優しく包み込んだ。煙がすべて出つくすとどこからともなく低く悲しみに
打ちひしがれた男の声が響いた。
『ブライア、許してくれ。わたしが悪かった……本当に愛しているのはおまえだけだった
……おまえにもう一度会いたい……会って許しを請いたい……おまえを愛しているんだ…
…』言葉は呪文のように続いた。
 全員がまるで催眠術をかけられたように魅入られているとブライアのかたまりがかすか
に震えた。もう一度まるで生きているように震えると小さなため息が聞こえた。そこには
深い安堵の響きがあった。
 いきなり倉庫番が指をぱちんと鳴らすと二つのかたまりは破裂した。破片はきらきらと
輝く粉となりあたり一面に広がったかと思うと倉庫番に向かって収縮した。そして倉庫番
とともに消えた。
 誰もが口を開くことができず突っ立っていた。時間も空気もすっかり止まっていた。
「あー……。素敵な人だったわね」ジェシカが頬を染めぼんやりと囁いた。
「変な奴だ」アスターはなぜか面白くない。「でもいい奴だ」
 ジェシカは頬にそっとキスをされ、耳元で囁く声を聞いていた。「幸せに」
 この出来事をきっかけにアスターの一家は大きく変わった。
 エルダーは銀行をやめた。どうやら仕事に行き詰っていたらしい。そのほとんどは人間
関係。女性の顧客を独り占めしてしまうエルダーは同僚に妬まれてしまうらしい。本人に
はそんな気はないのだが。まあ、自業自得だ。
 そしてローズの許可を得ると屋敷を改造し、ホテルの経営をはじめた。それを狙ってい
るわけではないのだが、独特なスタイルと奇妙な雰囲気をかもしだすホテルは人気があっ
た。無理もない話だ。もし人々が見ることができるなら、そこそこにいろいろなタイプの
幽霊がいることに気がつくだろう。幽霊たちにも居心地がいいらしい。エルダーは新進気
鋭の若き実業家として注目を集めている。エメットを総支配人とし、エメットが呼び寄せ
た息子と娘が大いに活躍している。エメットが子供たちのどこまで話しているのかはわか
らないが、ふたりはときどきアスターを、なにかをいいたそうな目つきでじっと見つめる。
それでも慎み深さと控えめなところはエメットの素質を十分に引き継いでいる。
 ホテルにはジェシカの奇妙な置物があちらこちらに飾られ奇妙な彩を添えているが意外
にもこれがなかなか評判いいらしい。欲しがる客がいる。ジェシカはずいぶん気をよくし
ている。そのうちホテルで大々的に個展を開くと張り切っている。
 オークとヴィオラは変わらない。今ではホテルの一部となったパン屋で相変わらず忙し
く働いている。喫茶部の規模が大きくなったので従業員もふえた。いくつに見えようと美
しいヴィオラに会うために訪れる客は減ることがない。オークはやきもきしながらもヴィ
オラがかたわらで同じ時の流れを生きることを喜んでいた。
 ローズは元気になった。あまりにも長い間、部屋に閉じこもっていた反動からか、一日
のほとんどの時間を庭で過ごしている。広い庭園の一角に花園を作り、温室の中で珍しい
花を咲かせ、ホテルの宿泊客を楽しませている。まるで庭仕事には似つかわしくない真っ
白いドレスとビーズをちりばめた華奢な靴を履いているのだが、不思議と汚れることはな
い。ローズのかたわらにはいつもドンがいる。ドンは失われた時を取り戻したいと残って
いる。ふたりは絶えず語らいながら蝶のように花々の間を飛び回る。見かけた人々からど
う思われているのか想像がつくのだがふたりはまるで気にしていないし、家族もまた気に
しない。尋ねられたときにローズはちょっと……と言葉を濁せば、たいがいの人が同情の
表情を浮かべ、それ以上なに言わない。
 フィンはやはりエルダーにつきまとっている。エルダーはフィンが母親であることをな
んとか認め、そして自分の気質が母親譲りではないかと恐れている。本当の母はヴィオラ
でフィンは生みの親だと言ってはいるものの、どうしてもフィンを母親と思えず名前で読
んでいる。見かけ上の年がエルダーとフィンはそう変わらないので無理もない。フィンは
ちょっと残念そうにしていたが、気持ちの切りかえは早い。お姉さんと呼んでもいいのよ
と迫っていた。そして驚いたことにフィンは生きている人間の恋人をつくった。相手はエ
メット。休みになるとエメットは最高におめかししてフィンと愛車で出かける。口数の少
ないエメットが何を思っているのかは謎だが、とても生き生きしている。なんとも皮肉だ。
フィンはエルダーがまっとうな結婚をして落着くまでは居座ると言っているが、理由はそ
れだけではなくなったようだ。
 エルダーもまた恋をしている。相手は劇場に憑いた薄幸の元女優。もう少しで主役をつ
かめるはずだったのにライバルにはめられた美しい幽霊。その立ち振る舞いはとても優雅
で芝居がかっている。いつまで続くかはわからないが、エルダーらしいということでみん
なの意見は一致している。エルダーがどう思おうと、エルダーは確かにフィンの息子だ。
 アスターはいなくなった幽霊が懐かしい。もともととっくに別れているはずなのだから
それ以上望むのは贅沢なのだろう。
 ミリーはマシュー先生の子供が生まれたときに消えた。マシュー先生は生まれた女の赤
ん坊にミリアムと名づけた。たぶん男の子だったら奥さんの元の夫の名前をつけるつもり
だったのだろう。ミリーは感激にふるえながらもうこれ以上思い残すことはないと言った。
 そしてなによりもデイジーおばさんに会いたい。デイジーおばさんもまた愛する人を得
て、一緒に旅立った。
 先のことはわからない。アスターもこの先、なにが起きるかはわからない。いくら普通
の人と違って幽霊が見えるからといってこれは同じだ。
 アスターは村に戻り、ジェシカの幽霊屋敷を改造して劇場を開いた。観光客相手に週末
にショーをやる。出演者は……幽霊たちだ。アスターはドンとフィンの広い幽霊の人脈を
使ってスタッフを募ると予想以上の幽霊が集まった。みんな退屈しているらしい。演目は
マジックショー。幽霊たちにはなんの仕掛けも小細工はいらない。胴体切断も空中飛行も
瞬間移動もお手のもんだ。それぞれが自分の才能をいかんなく発揮して、舞台装置も演出
もすべて楽しそうにやってくれる。アスターはやりすぎないように絶えず目を光らせてい
る。
 観客からは週末だけでなく毎日やって欲しいといわれるが、これができない。幽霊たち
は観客に見られるために実体化しなくてはいけない。これは相当な負担になる。ショーが
終わった後は、ほとんどの幽霊が半透明となりフラフラな状態だ。それでもやめるとは言
わない。今度は奇術だけでなくお芝居もしたいそうだ。彼らに給料を払う必要はないが、
現物支給はしなくてはならない。彼らの負担を軽くするために衣装や小道具はアスターが
用意する。なかなか好みがうるさいうえに、まがい物を嫌がる。なかなか馬鹿にならない
出費だった。その上、ミーティングだの懇親会だのやたら集まる。このとき必要もないの
にお茶やお菓子を並べたがる。雰囲気をとても大事にする傾向があるのだった。
 そしてアスターのもうひとつの大事な役割は、幽霊たちの相談役だった。生きている人
間にしかできないことがある。話ができるアスターはなにかと役に立つということで重宝
がられた。お人よしというところは簡単に見破られていた。
 平日はマシュー先生の口ぞえで村の学校の非常勤の先生となることができほっとした。
まともな世界にも属していないと生きている気がしない。マシュー先生は赤ん坊のミリー
をとてもかわいがっている。奥さんのお腹はまた大きくなっており、次は男の子がいいと
言っていっているということだ。
 
 話は少し前にさかのぼる。ふたりの婚約期間は長かった。アスターは劇場を開く準備
に忙しくなり、あの出来事に刺激を受けたジェシカは創作意欲に火がつき、あらたにへん
てこな物の制作に燃えた。
 そんなこんなでなかなか結婚する機会を逃しかけているふたりのところにエルダーがや
ってきた。
「知ってのとおり、近々僕のホテルがオープンする」満足そうにふっと笑うとゆっくりと
続けた。「そこでオープニングセレモニーを行うことにした。おまえたちの結婚式だ」
「グレートローズのホテルで?」アスターは嫌味を言ってみた。オーナーはローズだ。
 エルダーはアスターを睨みつけたが言い返しはしなかった。「そうだ。誰かが踏ん切り
をつけないとおまえたちはいつまでもこのままだ」
 エルダーの魂胆はわかっている。アスターの結婚式を利用してホテルの宣伝をしようと
しているのだ。
 それでも確かにいいきっかけだった。本当はアスターはまだ怖かったのかもしれない。
アスターの身に起こるかもしれない災いが無くなったとは確約されていない。あの倉庫番
だってはっきり口に出して言ったわけではない。だとしてもどうだっていうんだ。先のこ
とは誰にもわからない。
「わかった。それじゃお願いするよ。控えめにしてくれよ」
「そう、それほど盛大なものでなくていいわ。親しい人たちに祝福されればそれでいいの」
ジェシカが一応、釘をさしておく。
「まかせておけ。心に残る結婚式にするよ」エルダーはにんまり笑った。  
 アスターとジェシカの結婚式は町中の話題になった。招待客はすべて。通りがかりの人
だろうが見ず知らずの他人だろうが、誰でもが大歓迎でもてなされ、入りきれない人々で
ホテル一帯があふれかえった。
 新婦の衣装係は一流の幽霊なので、最高に素晴らしいウェディングドレスが作られ、一
流の化粧を施されたその姿はもちろん別人のようだった。一方ぱっとしない新郎にそそが
れる衣装係の熱意は薄く、アスターはアスターのままだった。
 ローズとドンが用意した季節を無視したあまたの花であふれかえったホテルのホールは、
多くの人間の熱気と多くの幽霊の冷気で適度の温度が保たれた。
 ホテルの開幕は上出来でエルダーは上機嫌、アスターの家族もすべてがうまくいってい
ることに安堵し、ジェシカの家族は奇妙な親族ができたことに戸惑った。
 華々しいホテルのオープンとふたりの結婚式はしばらくの間、町の話題になった。もっ
とも誰が結婚式を挙げたのかを知っているかどうかは怪しかったが。
 エルダーは新婦のウェディングドレスをしばらくの間ホールに飾り、若い女性が憧れの
目で見つめるのを満足そうに眺めていた。要望があれば貸し出されることもあった。もち
ろんそのためにはホテルを最大限に利用しなくてはいけない。エルダーはけっして無駄の
なことはしない、嫌な奴だ。
 
 ふたりはデイジーおばさんの家に住んでいる。アスターは幽霊屋敷の管理は幽霊たちに
まかせ、馴染んだ居心地のよい場所に落着いた。ジェシカは借りている家をアトリエとし
て通い、そして、たまにだがふたりが喧嘩したときはそこに泊まる。ジェシカはめっぽう
気が強く、体内に持つ自然発火装置はすぐ点火する。気持ちをすべて作品にぶちまけてい
るのだろう。どろどろに汚れた姿ですぐにけろっとして戻ってくる。
 アスターは暇を見つけては、世の中の摩訶不思議を調べるようになった。あの倉庫番は
自分のところに遊びにこいと言った。それならば行ってやる、待ってろよ。
 
 そして今、ジェシカのお腹には新しい命が生まれている。オークもヴィオラも孫の誕生
を心待ちにしている。グレートローズはバラの新種を作ろうとしている。曾孫の名前をつ
けるために。
 アスターは自宅を幽霊立ち入り禁止とした。結婚すればなおさらプライベートは大切だ。
ドンとフィンは例外で二つの家を絶えず行ききしている。瞬時に移動できるふたりは使い
走りに利用されることが多い。本人たちはあまり面白くはないようだ。エメットと子供た
ちはホテルの要となって張り切っている。とても有能な家族だ。彼らはアスターの家族に
とってなくてはならないものだが、彼らはとても控えめででしゃばることがない。 エル
ダーは……相変わらずだ。
 新しいお日様が昇り、新鮮な空気に満ち溢れた朝、心地よい風に誘われてアスターとジ
ェシカは湖を散歩した。すれ違う人達や幽霊たちと挨拶を交わしながらゆっくりと歩く。
ジェシカのお腹ははちきれんばかりに膨れ、アヒルのようによたよたと歩く。時々蹴られ
るお腹の中の住人に顔をしかめながらとても輝いている。ボート小屋のそばで一息つくと
ベンチに座り、鱗をきらきらと輝かせ飛び跳ねる魚を見つめた。
「ねえ、彼はどこにいると思う?」突然ジェシカが尋ねた。
「さあ、どこにいるのかわからない、どこにもいない、どこにもいる」
 そのとき、虹色に輝く大きな魚が見事な弧を描いて飛び跳ねた。

 

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