次の日、エルダーは仕事を休んで村に行くことにした。無駄のないエルダーはその時間
を有効に使うことにして、あまたの女友だちのひとりを連れて行くことにした。大切な取
引先のお嬢様でもある。
彼女はひらひらとスカートをひるがえし、フリルとリボンが一杯はりついた日傘をもっ
て現れた。彼女を連れて行くことで上司がすんなり休みをくれたのは間違いなかった。し
ぶるエメットから借りた車 ――くれぐれも無茶しないで下さいよと念を押された――
で颯爽と出かけた。
年月がたつと村の様子もだいぶ変わっている。田舎であるには変わりないが、今風の家
が建ち知らない顔がふえている。あらためて見てみると村ののどかな雰囲気は、あわただ
しい生活から逃れのんびりと過ごすにはもってこいだった。
懐かしの家に入りカーテンを開けると、部屋はかつて、にぎやかで活気に満ち溢れてい
ただけに余計わびしく感じた。
「まあ、かわいい家ね!」連れてきた女友だちが言う。「おもちゃの小屋見たい」彼女は
生まれたときから都会育ちだ。
「そうだね」エルダーは協調性がある。
家の中はきちんと片付いていた。食器は棚に納まり、エプロンは置きっぱなしにしては
なかった。思いつきや急に出かける必要があったわけではなく、ちゃんと準備して行った
ということだろう。家の中をくまなく見てみたが几帳面なデイジーらしくすべてが整理整
頓されていた。二階に上がり自分とアスターがふたりで使っていた部屋を見てみるとベッ
ドや家具には埃がつかないように布がかけられ、いつでも使えるように掃除が行き届いて
いた。他の部屋も似たようなものだった。
「まったく、デイジーおばさんはどこにいったんだ?」エルダーはつぶやいた。
家の中を見ても何の手がかりもない、近所の人に尋ねることにした。ちょっと離れた隣
には隠居して慎ましやかに暮らしている老夫婦が住んでいる。歩いていこうとするエルダ
ーを女友だちが恨めしそうな顔をして見た。
町の舗道を歩くのにぴったりのお洒落な靴を履いた足を一目見て「もちろん、車で行こ
う」エルダーは状況判断ができる。
隣の老夫婦は、エルダーが村に住んでいたときから老人だったが、さらに磨きがかかり
時間の感覚がずれてきていた。毎日が変化のない日々なので昨日と今日と明日の区別がな
くなっている。話はあてにはならないものだったが、見かけなくなったのはそんなに昔の
ことではないらしい。問題はその昔がどれくらいなのかを知りたいということだ。もっぱ
ら話すのは奥さんのほうで、旦那のほうは車から降りなかった女友だちのそばまでいき珍
しい物を見るように見とれていた。エルダーが礼を言って車に乗り込もうとするとき奥さ
んから引っ張られていく旦那を彼女は引きつった笑いで見送った。
「はあ、なんだか見世物小屋のお猿さんになった気分だったわ」
「この田舎には君みたいな美人はめったにいないからね。それに似たようなもんだよ」
女友だちは一瞬耳を疑ったが聞き間違えたのだろうと、前の部分だけを耳にいれること
にした。
次にデイジーが働いていた雑貨屋に行って見た。デイジーはヴィオラが村を出て行った
あと、かわりにずっと働いていたのだった。店主の母親はまだ健在だが今は眠っているこ
とが多くなり、ずいぶん楽になったが、気が利き、働き者のデイジーに早く戻ってきて欲
しがっていた。デイジーは出かけなくてはいけない用事ができたのでしばらく休ませても
らいたい、また戻ってくると言い、それ以上は詳しくは話したがらなかったそうだ。かれ
これ一ヶ月くらい前という話だった。それからしばらく近所の人や知人たちを回って見た
が誰もデイジーの行方を知らなかった。まったく、どういうことだ?誰にもなにも言わな
いで消えてしまうなんて。エルダーはお手上げ状態だった。
連れてきた女友だちがこれ見よがしに大あくびをした。この辺が潮時だと思い彼女の機
嫌を少しばかり取ることにして、湖に行った。エルダーがいた頃のボート小屋は、草がぼ
うぼうと生い茂り、だれかれおかまいなく捨てていくごみであふれている中に建った傾い
た屋根とペンキのはげた掘っ立て小屋でしかなかった。今ではきちんと草も刈られごみひ
とつなく新しく建替えられた赤い屋根のかわいいボート小屋には見知らぬ管理人がいた。
はしけには新しいボートがいくつも並び出番を待っている。平日なので客は少ないようだ
が、休日ともなればもっとにぎわっているのだろう。
エルダーも仲のよい恋人たちのように借りたボートの飛び乗ると、かわいらしく怖がる
彼女の手を取り優しく座らせた。
「きれいなところね。でもあなたはこんな田舎育ちには見えないわ」
「そうかな。でもこんなもんじゃなかったよ。ここはもっと田舎でなにもなかった。よく
この湖でも釣りをしたもんさ」
今でも岸にはちらほらと釣り人が見える。立派な釣竿を持つお洒落な釣り人だった。棒
切れに糸を結び付けたような子供はいない。
「まあ、素敵ね。なにが釣れるの? オマール海老やムール貝は釣れる?わたし大好きな
の」
「そうだね、きっと運がよければね」エルダーはボートを漕ぎながら、だぶん魚にさわっ
たことがない、いや生の魚を見たことさえないだろう女性と仲良く座って話をしている自
分にいつもながら呆れていた。彼女は手入れの行き届いたにせものの金髪に完璧な化粧を
施していた。眉はゆるやかで優しいカーブをえがき、唇は熟れきったイチゴのように赤く、
なにかを食べるときはコインより大きく口を開かない。彼女が水に濡れるのを嫌がるので
エルダーは慎重にオールを動かした。エルダーは今でもとてももてる。とても男前で優秀
なエルダーは将来を有望された青年として我が娘の婿にと言う話は引きも切らず絶えずあ
ったが、エルダーはすべてをそつなく断っていた。―― まだまだ仕事に専念したいので
―― そう言いながらもうまく立ち回り多くの女性と広く浅くつきあっていた。
女たちも女たちで自分がエルダーを最後に勝ち取るという野心を胸に、しのぎを削りな
がらも表向きはにこやかにお互いをけん制していた。
エルダーは湖の中でときどき光る魚の鱗を見ていると、いつか町の博物館でやっていた
『世界の爬虫類展』で見たカメレオンのことを思い出した。見物にくる人々を喜ばせるた
めに無理やり色を変えさせられるカメレオンを見て、その時一緒にいた彼女は「面白い」
と言った。なんとなく気になり次の日違う彼女を連れ再び行って見た。そのときの彼女は
「気持ち悪い」と言った。それから毎日連れを替えて行ってみた。その感想は「素敵」
「かわいそう」「これでバッグを作っても色が変わるのかしら」「ふーん」「かわいい」
などなど、最後に「作り物に決まってるわ」との声とともに爬虫類展は終わった。
エルダー自身はカメレオンを見てなんとも思わなかった。いや、本当のところはこの小
さなトカゲが本来の自分の色を忘れたら何色にとどまるのだろうと思ったのだ。
エルダーがぼんやりと考えている間、なにもみていない目はたまたま彼女の顔をむいた
いたので、彼女の顔は真っ赤になっていた。ふと我に返ったエルダーは「やあ、今日は本
当にいい天気だね。君はちょっと日焼けしたみたいだ。そろそろ降りたほうがよさそうだ
ね」と言うとにっこり笑ういボートの向きを変えた。流れる景色を眺めていた彼女はある
一角に目をとめた。
「あれはなに?」彼女は村のはずれの小高い丘にぽつんと建った廃墟を指差した。朽ち落
ちた建物はかつては立派なものだったのだろうが今ではまるでその姿を隠したがっている
かのようにまわりの樹に半ば埋もれていた。
「ああ、まだあったんだ。あれは幽霊屋敷さ」エルダーはオールを離し手をかざして見て
みる。
「あそこには恐ろしい幽霊が住んでいて、勝手に入ったものを呪い殺すんだって。子供の
頃そういわれていた」
「まあ、怖い。本当?」
「さあ、どうかな。本当のところは誰にもわからない。村の子供はみんな一度は中に入ろ
うとする。大人もかな? だけど成功した者はいないし幽霊を見た者もいない」
「誰もはいったことがないの?」
「そういわれている。近づこうとするとなにかが起こる。おなかが痛くなったり、身体が
凍りつきそうなほど冷たくなったり、逆に燃えだしそうなほど熱くなったり、空からカラ
スの大群に襲われたり、恐ろしいけものうなり声が聞こえたりする」
「それってあなたがみんな経験したこと?」
「いや、みんなが経験したこと」