8 三人の客
 次の日、にぎやかな話し声で目が覚めたアスターは首をかしげた。声は下から聞こえて
くる。それもひとりではない、何人かの人間がいるようだ。何事かと降りてみると食卓で
知らない人々がすっかりくつろいでいる。デイジーおばさんに問い合わせるような眼差し
を送るとおばさんは肩をすくめて見せた。そのときふといやな予感が走った。いや、悪寒
だった。妙に身体が冷えるのだ。
 長身で人のよさそうな男がアスターに気がついた。年の頃はアスターよりちょっと上と
いったところだろうか。まばゆいばかりの真っ白なスーツを着て胸に白い花を刺している。
見るからに上質でなめらかな真っ白い皮のブーツを履いた長い足を優雅に組み座っている。
その男はにっこり微笑むと立ち上がり気取って挨拶した。
『やあ、おはよう。いや、初めましてだな。勝手に入らしてもらったよ』
 それから自己紹介がはじまった。お客は三人。男がひとりに女がふたり。恐れていたと
おり生きてはいなかった。
 最初に口を開いた男の名前はドナルド。くせのある黒髪を短めにして、濃い紅茶のよう
な瞳が楽しそうにしている。次がミランダ、二十代後半くらいで雨に濡れそぼった鳥のよ
うに細い女性でちぢれた泥のような色の髪を無造作にまとめていた。ぱっとしない地味な
事務員タイプだ。最後がフィオナ、若いのか年なのかわかりにくいがたぶん前の女性より
若いのだろう、とても美しい金髪と菫色の瞳、そして豊かな曲線を持っており華やかな雰
囲気と軽やかなドレスを身にまとっていた。それぞれドン、ミディ、フィンと呼んでねと
言われた。
『やあ、君のことは知っている。君がきたときからどんな人間かちょっと観察させてもら
っていたんだがなかなかの好青年という意見にまとまって、こうして挨拶に伺ったんだ』
ドンが代表して言った。それから『もちろん気がついているだろうが、我々は死んでいる』
とつけくわえた。
 アスターはぽかんと開いていた口を閉じるとデイジーおばさんのほうを見た。おばさん
はもう一度肩をすくめて見せた。つまり、知らない人たち、いや幽霊たちだということだ
ろう。アスターは激しい寒気を感じ、きのうそばの椅子に上着を脱いで掛けたままにして
おいたことに気づき急いで着込んだ。
「ああ、ありがとう。で、どういう御用で?」熱いお茶を渡してくれたデイジーおばさん
に礼を言うと立ったままひと口飲んだ。そして動揺を悟られないようにゆっくりと三人を
見つめた。
『今は話せないが、わたしたちは君にちょっとゆかりがある幽霊なんだ』
『わたしは関係ないわ。つき合いでいるだけよ』ミディとやらが言う。
『まあ、話の腰を折るなよ。で、さっきも言ったがまだ話すわけにはいかないんだが、君
とは縁がある幽霊ということだ。実はわたしたちは居場所が欲しいんだ。つまり憩いの場
かな? ゆっくりと落着ける場所が欲しいんだよ』
 アスターはぴったりの場所を思い出した。「なんでここなんだ! 丘の上にお似合いの
屋敷があるじゃないか」
『あそこは陰気で暗い』ドンが首を振った。
「ここを幽霊屋敷にしようってのかい?」アスターがとんでもないと抗議すると
『まあ、そんな恐ろしい』ミディが震えたふりをする。
『だってもうすでにひとりいるじゃない』フィンがデイジーのほうを見る。
「デイジーおばさんは家族だ。君たちもまさかご先祖様だとか言うんじゃないだろうね」
『いや、そうでない。だけどひとりいればあと何人ふえたってそう変わらないだろ。わた
したちは空気みたいなもんだから重苦しくないし君にぶつかることもない。食事はしない
しベッドもいらない。ただこうして集まっておしゃべりがしたいだけ』
 テーブルの上にはお茶のセットとクッキーが並んでいる。
「食べないって?」アスターは呆れた声で唸った。
 指にはさんだクッキーを上品にかじるとミディがすまして言う。『これはおやつ、食事
じゃない』飲み込んだクッキーがどこに行くのかはわからない。
「デイジーおばさん、なんでこんな人たち…いや…もうなんでもいい…にお茶やお菓子を
出すの?」
『まあ、習慣ね。いいじゃない、にぎやかなのは楽しいわ』デイジーおばさんがこともな
げに言った。
 しばらくの間、宙を睨んで空を見つめた。
 考えてみるとデイジーおばさんを見える人間はアスターだけ、話し相手もアスターだけ、
おばさんにはつまらない生活かもしれない。おばさんは結構おしゃべりだった。
「わかった。しかたない。でも僕にはかかわらないでくれ、デイジーおばさんは別だけど。
それに必要のない飲み食いは禁止」
 アスターの言うことを誰も聞いてはいなかった。
 こうして奇妙な生活がはじまった。
 幽霊たちは我が物顔で台所にいりびたり、食事ではないというおやつを楽しんでいた。
 しばらくするとアスターにも幽霊がわかってきた。デイジーおばさんは当然だが、いつ
もいるのははじめにあった三人で、この三人はまるで自分の家であるかのように振舞った。
 そしてときどき見知らぬお客がくる。幸いにもみんなおおよそこぎれいな姿をしており、
首が取れかかったり、血まみれだということはめったになかった。その中でもひとりとて
もお洒落な男がいた。見るたびに着ている服が違う。どこかに洒落た服がいっぱい詰まっ
た箪笥を持っているのだろうか?
 この謎はドンが教えてくれた。彼らはどこの家にでもある忘れ去られた服や、店の倉庫
に眠っている売れ残った服を手にいれることができるらしい。
 ただ、現実の世界から物を手にいれるのはとてもエネルギーを使うのでみんなやらない
そうだ。そういえばあの洒落男はときどき透き通って見えることがある。あまりやりすぎ
ると消えてしまうらしい。
 そこまでしてやるのかと思うのだが、その男は最先端の服を着れないくらいなら存在す
る意味がない。まして本来の格好は何百年も遅れて過ぎているからと。そうでなければ裸
でいたほうがましだとまで言う。男の裸なんて見たくもないからどうぞ好きなだけ流行を
追って欲しいもんだ。ただ最新流行の服というのがみんなに忘れられてあるものか?
『わたしたちもときどき着替えるのよ』フィンが言った。
『あんたは見栄っ張りだからね』ミリーが鼻を鳴らした。
『ミリー、あんたはそんな暗くて陰気な服をやめてもっと女らしい服を着れば。あんたも
もっと気を使えば少しは見られるようになるのに』
『わたしはそんな暇があったら本のひとつも読んだほうがいい。あんたみたいにおつむが
空っぽでろくでもない男に時間を使うくらいなら…』
『まあ、まあ。そこらへんでやめとけ。それにわたしたちにはいくらでも時間がある』ド
ンがさえぎった。
「他にはどんなことができるの?」アスターは訊いてみた。
『出たり消えたり』
『人間を恐がらせる』
『とりつく』
『だけどほとんど誰も気がつかない』ドンが話をまとめた。

 

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