9 出会い
ミリーのせいかもしれない。急に図書館に行きたくなった。図書館はアスターの通って いた小学校の隣にあり、子供の頃よく行った。建物は増築され本の数もずいぶんふえてい た。面白そうな本をさがしていると奥のほうで懐かしい人を見つけた。 「マシュー先生」 小学校の先生で、綴りが苦手なアスターを辛抱強く教えてくれた。大好きな先生だった。 あの当時よりお腹に肉がつき髪にも白い物が混じってはいたが、以前と変わらない笑顔。 目じりのしわはさらに先生の笑顔を温かくしていた。 「先生、お久しぶりです」 「やあ、アスター、君か。懐かしいな、何年ぶりだろう?」 もちろんアスターのことを覚えていた。マシュー先生ならきっとすべての生徒の名前を 即座に言えるだろう。 マシュー先生は今でも教えていた。もっとも学校主任となり教室に立つ時間が少なくな ったことを残念がっていた。学校は今ではよそからきた生徒でずいぶんふえ、昔とはだい ぶ様子が違ってしまい素朴な感じが薄れてきたと嘆くものの、相変わらず子供たちが大好 きだった。 「マシュー先生のお子さんは?」アスターが小学校にいたとき、先生はまだ独身だった。 「いや、なんというか……いないんだ。結婚しそこなっちゃって、まだ独りなんだ」 意外な答えだった。マシュー先生ほど家庭的な人はいないだろう。 「でも、面倒を見る子供はたくさんいる。退屈はしない。ところで君の家族は元気かい?」 マシュー先生は学校の休憩時間にきていたのでゆっくりと話すことはできなかったし、 おまけに場所が場所だけに、まるで悪い相談をしているように声をひそめなければならな かった。囁くような声でまたゆっくり会うことを約束して別れた。 アスターはそれからしばらく残って、本を選ぶとカウンターに向かった。『超自然現象 とその対処法』途中、チラッと馴染みの影を見かけたような気がして振り返ったが誰も いなかった。上着をかき寄せると温かい日差しを目指して急いだ。 ついでに足を伸ばしてあの小高い丘の上にある幽霊屋敷によってみることにした。いつ かもう一度行きたいと思いながら先延ばしにしていた場所だった。あれからずいぶん年月 がたっている。今はもうあの頃と違って大人だ。 ――それも特殊な人間―― なにか違 う物が見えるかもしれない。あれから時々思い出していたのだが、あそこはとても暗くて 陰気ではあったが、その底になにかやるせない悲しみがあったような気がする。そしてこ の日は雲ひとつないまれに見るいい天気だった。こんないい天気は簡単に変わらないだろ う。 ところが、屋敷に近づくにつれ風が強くなってきた。門に続く荒れた雑木林は枯葉が舞 い上がりところどころぬかるんでいる。ここはまるで湿地帯だな。お日様はどこに行った んだ。今戻ると二度とこれなくなると思い気持ちを奮い立たせなんとか進んだ。崩れた門 を抜けたとき、玄関の扉が突然開きなにかどす黒いかたまりが飛び出して、叫びながらア スターに向かってくる。あわてて向きを変えると後ろも見ずにアスターは逃げ出した。息 を切らしながら林を抜けたが、その間も後ろからは恐ろしい叫び声が追いかけてくる。や っとの思いで大通りに面した開けた場所に倒れ込んだ。そこは子供の頃、やはりエルダー と駆け込んだ場所だった。肩で息をしながら一息つくと、後を追ってきた黒い物体がアス ターの横でぜいぜい言いながらうずくまった。ぎょっとして身を引くと袖を捕まれた。 「まったく、……もう……。あんなに叫んだのに。待ってって。あなたはわたしを見捨て たわね」 アスターは驚きのあまり言葉を失った。人間だ! しかも女。 「もう! さんざんだわ。靴はなくすし、泥まみれで、服は破れるし」 「君は誰?」 泥まみれの女はアスターの腕を支えに立ち上がった。 「はじめまして。わたしはジェシカ。最近ここに越してきたの」 「ああ、はじめまして。僕はアスター。最近ここに戻ってきたんだ」 ジェシカは靴を片方しか履いておらず、上着は片袖がちぎれ、頭からつま先まで泥だら け、顔立ちも年もわからなかったが、泥の中から睨みつける瞳は深いグリーンだった。 「だって君が人間だなんてわからなかった。なんであんなところにいたの」さっきの話の 続きをした。 「あそこはわたしの持ち物だからよ」 「あの幽霊屋敷が君の物だって!」 「幽霊屋敷だなんて知らなかったわ」 どうやらジェシカもつい先日、あの屋敷所有していることを知ったらしい。そして静か で落着いた場所を求めていたジェシカはこの村を訪れ、とても気に入り越してくることに した。それから何度か屋敷に入ろうとしたのだが、いつもたどり着くことができないと腹 をたてていた。 「今日はやっと屋敷の中まで入ることができたの。そしたらなにかに襲われた。たぶん野 犬か狼か、熊?まさかね。とにかく威嚇されて、引っかかれたり噛み付かれたりして恐か った」 「何度も行ったの! 君は勇気があるね」アスターは感心した。 「だって、わたしの物なのよ」それから首をかしげて言った。「でも変ね、本気で噛み付 いてはいなかった。まるで中にいれたくないみたいだった」 その間にもお日様に乾かされた泥がぱりぱりとひびわれていく。 「家に帰って洗わなきゃ」 「送るよ」 「そうね。この姿で帰るとみんなじろじろ見るのよね。連れがいたほうが心強いわ。お願 いしようかしら」 帰る道すがら行きかう人々はふたりの姿に目を見張った。 だが、実際はジェシカはそれほど気にしてはいなかった。何回かあの屋敷に行ったと言 っていた。慣れているのだろう。 「わたしは変人と思われているわね」ジェシカは肩をすくめた。 ジェシカの仕事は本人の言うところ、新進気鋭の芸術家ということらしい。 「ちょっと変わった物を作るのが好きなの」 仕事に適した環境をさがしていると思いがけなく最適な屋敷があることがわかった。な のに住めない。しかたなく近くに家を借りあの屋敷を何者からか取り戻そうとしているら しい。なかなか気が強そうだ。 驚いたことにジェシカの実家はグレートローズの屋敷からそう離れていないことがわか った。アスターが学校の先生をしていたことを話すとジェシカはその学校の卒業生だとい った。 「あの入り口の門柱にあるかわいい像に気がついた? あれはわたしの作品よ。寄付した の」 かわいいという表現には見解の違いがあるが、「すごいね」と言っておいた。 「なぜ、学校をやめたの?」 アスターは言葉に詰まった。本当のことは言いたくない。「僕には教師がむいていない みたいなんだ。なにをしたいのか今、模索中」 ふたりはそれとなく軽い身辺調査をしながらゆっくりと歩いた。 ジェシカの家につく頃にはお互いの家族構成や生活環境、趣味そして結婚していないこと などがわかったが、好きな食べ物、好きな色、金銭感覚、朝起きる時間や寝る時間、、つ きあっている相手はいるかどうか、好みのタイプはというところまではいかなかった。 ただ、歩きながらぽろぽろとはがれていった泥の下に隠れていた顔が現れると、ジェシ カが自分とそれほど年がかわらないことがわかった。 赤みをおびカールした茶色い髪、鼻筋がとおり、大きくてふくよかな口、そしてなによ りも目を惹くのはやはり澄んで濃い緑色の瞳、話すたびに大きく開いたり、すがめたりす る目はとても感情を豊かに表していた。 「ここが借りている家よ。どうもありがとう。今度はお互いに汚れていないときに会いま しょ」そう言って中に入った。 そこはアスターの家からそんなに離れていない。 今度、彼女の作品が見たいといって尋ねてみよう。なんだか楽しくなってきた。
家に帰り裏口で汚れた靴と服を脱いでいると、窓から台所にミリーがひとりぽつんと座 っているのが見えた。いくら幽霊でも相手は女性だ。着替えているどころは見られたくな い。こっそり中に入り、綺麗なズボンとシャツと靴を履くと台所に向かった。 「どうしたの。なにかあったの?」 ミリーはもじもじしながら言った。『あなた、マシュー先生をよく知っているの?』 アスターはふと気がついた。「もしかして、君は図書館にいなかった?」 『ええ、時々行くのよ。昔、あそこで働いていたの。あなたのことも知っているわ。まだ 子供だったけどね』 「僕はぜんぜん憶えていない」アスターは驚いた。 『わたしは裏の書庫にいることが多かったし、目立つほうではなかったから』ミリーはつ ぶやくように言った。 「で、もしかしてマシュー先生に会いに行ってるの?」これくらい誰にだってわかる。 『いえ……そういうわけではないんだけど……』なんだか歯切れが悪い。『あの先生はと てもいい人だからいつまでもひとりでいるのが気になって』それから小さな声でつけくわ えた。 『なぜ、結婚しないか知らない?』 「いや、ゆっくり話す時間がなかったから」 『そう、それならいいの』そう言うとスーッと消えた。 幽霊でも顔が赤くなるんだ。ミリーはかわいかった。 そして、図書館から借りた本をあの騒動の中で失くしたことを思い出した。やれやれ。 その日の夕食の時間、珍しく全員がいた。それぞれが結構忙しいらしく、みんなが揃う ことはめったにない。 みんなが見ている中でひとり食べるのはなんとも気まずかったがしかたない。幽霊たち に食べさせても無駄になるだけだ。デイジーおばさんが用意してくれる食事はいつもおい しかった。 「みんな、ここに縁があるって言ってたよね」アスターがスープを冷ましながらいった。 「聞きたいな」 『それはちょっとね』フィンが言う。 『それを言うといろいろと問題があるんだ』ドンが言った。 「どんな?」 『だから問題があるから言えないということ』フィンがいらだたしげに言う。『まったく 物分りが悪いわね』 『まあ、そうカリカリするな』ドンがなだめた。 『僕たちはみんな心残りがあるから、ここにとどまっているんだよ。それは大体辛いこと なんだ』ドンがアスターに言った。『いつか話せるときがくることを願っているよ。君は そのためにここにきたような気がする』 アスターは眉を上げた。わけがわからない。幽霊の見える僕は幽霊救助人か? 『なるようになるわよ』デイジーおばさんが言った。『死んだからといったなにもかもわ かるわけではないのよ』 ミリーは妙におとなしかった。 「ねえ、ところであの幽霊屋敷のことを教えてよ。これも秘密?」アスターはジェシカと のいきさつを話した。 『へぇー、その娘は美人なの』フィンが興味を持った。 「全部見たわけじゃないけど、綺麗だった」人の好みはわからないがアスターの目にはと ても魅力的に映った。 『全部って、上から下まで、中身まで?』 『これこれ、フィンやめないか。君はこういうことになるとがぜん興奮する』ドンがたし なめた。 『ふん、わたしたちの世界には色気が少ないのよ』 『ところであの幽霊屋敷のことだがわたしたちもよくは知らないんだ。あそこに住む幽霊 は誰かが近づくのをとても嫌がるんでね』 代表して話すドンによると、あの屋敷にはずいぶん前より子供の幽霊とその友達の大き な犬の幽霊が住んでいる。人間だろうと幽霊だろうと誰もそばに寄せないように、あらゆ る嫌がらせをするそうだ。 『なぜ、あんなことをするのか誰も知らない』ドンが言った。 『わたしもチラッと見たけど、とてもかわいい男の子だったわ』フィンが言った。『だけ ど子供といってもわたしたちよりうんと年をくってるはずよ。せっかく仲よくしようと思 って行ったのに、ひどい目にあったわ。二度と行きたくないわね。あんな陰険で嫌な奴』 「なにをされたの?」アスターは興味を持った。 『あなたたち人間と同じようなこと。ただし霊的な物質を使って』 「ふーん。でもジェシカは納得しないだろうな。あの家の権利を主張している。なにがな んでもあそこに住むと意気込んでいた」 『すごい勇敢な娘さんなのね』デイジーおばさんが感心して言った。 「ああ、すごい剣幕だった」アスターはぷりぷりしながら話すジェシカの姿を思い出した。 なぜかとてもかわいらしかった。 『ひがんだり、恨みを持っている幽霊は性質が悪いから近づかないほうがいい。本当にひ ねくれた力を使ったりするからな。へたすりゃ、命にかかわる』 「ジェシカにそう言えって言うの。だいいち納得するとは思えない。あそこには幽霊がい て君を殺そうとするから近づかないほうがいいとでも言うのかい。僕の頭がいかれてると 思われるのがおちだ」 『あんたがいかれた男になればジェシカは安全なのよ』フィンが言う。 『おいおい、いかれた男の言うことなんか信じるか?』ドンが口をはさむ。 『そういえばそうだわね』フィンが真面目な顔をして言う。 「もう、やめてくれ。僕はそんなことはやらない!」 『ほっとけばいいじゃない。人のことなんだし』ミリーは冷静だ。 「命にかかわるって聞いてほっとけない」 『じゃあ、どうするの?』 みんなから追い詰められているような気がする 「とりあえずなんとか遠ざける方法を考える」アスターは呻いた。 アスターはひとりになると考えた。僕は本当にお人よしだ。でもジェシカが相手だから。 きっと他の人だったらこんなに心配したりしない。会ったばかりなのにとても気になる。
次の日、早速ジェシカに会いに行くことにした。散歩の途中だとでも言えばいい。扉を ノックすると明るい返事が返ってきた。 「ジェシカ。僕だ、アスターだ」 「まあ、アスター。あなたなのね」まばゆいばかりの笑顔で迎えられた。「いったいどう したの?」 「急なんだけど近くまできたんで寄ってみたんだ。都合が悪いならまた今度にするよ」 「かまわないわよ。遠慮なく入って。わたしはここではまだうまく知り合いができないの よ。いつも泥にまみれているもんだから」 ジェシカはアスターの想像していたとおり若くて綺麗だった。アスターよりちょっと年 上か? 泥のついてないカールした綺麗な髪を粗末な紐でひとつに結び、絵の具で汚れた シャツと目の粗い作業ズボンを着ていた。 入ってすぐが広い居間となりそこが仕事場になっていた。最初に絵の具や油や粘土の混 ざった匂いが鼻についた。部屋の半分はバケツや刷毛、粘土、縄や針金、古新聞や木槌や ペンチ、のこぎり、大雑把に積み重ねられた本なんかが雑然とおいてある。もう半分には 大きな作業台がありその上にはなにやら得体のしれない形をした粘土と、アスターには大 工道具としか思えない工具が乗っている。 「散らかっているけど気にしないでね。ちょうど休憩しようと思っていたところなの。コ ーヒーでいい?」そう言いながら片隅の小さな台所に行き、手を洗いやかんを火にかけた。 「見てまわってもいい?」どうぞと言われアスターは床全体を覆っている汚れ防止のよれ た厚紙や新聞紙の上をかさかさと音をたてながら歩いた。 部屋のあちらこちらに完成した作品が無造作に置いてある。それは宙返りをするカエル、 変身途中の狼男、火を吹きそうなドラゴン、蜘蛛の巣に絡まる蜘蛛、ほかにはなにかわか らないたぶん生き物で、こぶしくらい大きさの物から、大きくても肘くらいの高さの物し かない。 台所にある勝手口に面した外庭に小さなテーブルセットがあった。ジェシカがそこにコ ーヒーを運ぶのを見て、アスターはホッとした。 「匂いがきついでしょ。わたしは慣れてるから平気だけどほかの人には耐えられないらし いから」 「そうだね。そのうち慣れるよ」アスターは外の新鮮な空気を大きく吸った。「それにし ても面白い物ばかりだね」 「無難な言い回しね。はっきり言って変でしょ」ジェシカは笑った。「まともな物がひと つもない。でも結構人気があるのよ。一部の人には。わたしは見たときになにか想像力を かきたてるものが好きなの。これはなんなんだとか、なにをしているんだとかね。それを 手にとって感じて欲しいの。だから大きい物は作らない」 微笑みながら話すジェシカにアスターはすっかりまいってしまった。こんな気持ちは久 しぶりだ。頭を振るたびに顔の周りで揺れるはねだした巻き毛、カップを持つ芸術家らし い力強そうだけど繊細な長い指、そしてなによりもアスターをまっすぐ見つめて話す澄ん だ瞳、アスターはただ見つめることしかできなかった。 「なんだかボーっとしてるけど大丈夫? 具合でも悪いの?」気がつけばジェシカが身を 乗り出してアスターの顔をのぞきこんでいる。 ふとわれに返り顔が急に赤くなってしまった。「いや、なんでもない。僕は突発性赤面 症なんだ」ともごもご言った。 「ふーん、ところであの幽霊屋敷のことなんだけど知っていることを教えてくれないかし ら?」 アスターはジェシカをあの屋敷から遠ざけるためにきたことをやっと思い出した。 「僕もよくは知らないんだ。この村の子供たちはみんな一度はあの屋敷にもぐりこもうと する。まあ、儀式みたいなもんだ。だけど結果は散々なもの。君も知っている通りさ」 「あなたも子供の頃行ったのね」 「ああ、兄や仲間たちとね。君は幽霊を信じる?」 「こんな物を作っておいて言うのもなんだけど、わたしはまったく信じていない。現実主 義なの。子供のときからおとぎ話や世にも不思議な物語なんか山ほどを読んで、本に書い てあるまじないや交霊術なんかありとあらゆることを試してみたけどなに起こらなかった。 社会科見学のとき、雨乞いをしても雨は降らず、嫌いな先生のお腹はこわれたことないし、 好きな人に苦労して飲ませた惚れ薬は利いたことがない。魔女も妖精も小人も幽霊も逆立 ちするカエルも見たことがない」 「でも、そんな物ばかり作っている」 「別に信じていないからって嫌いなわけではないわ。それとこれとは違うの」 アスターはどうしたものか考えた。頭がいかれた奴だと思われるのだけは断じて避けた かった。 「またあそこに行くの?」 「あの幽霊屋敷のこと? ええ、行くわ。もしかしたら人生初の幽霊が見れるかもしれな いわね」 「なぜあの屋敷にこだわるの? 今までほったらかしだったんだろ」 「ええ、わたしも知ったのはごく最近。おばあちゃんが死に間際に思い出したの。ちょっ とぼけていたから。屋敷はそのままにしておくようにとも言っていた。わたしの両親は仕 事と社交生活で忙しくてほとんどいないから、興味を持たなかった。でも、わたしはそう いう曖昧なことははっきりさせないと気がすまないの」 アスターは覚悟を決めた。えい、くそっ。ジェシカの命がかかっているんだ。 「実は子供の頃、僕と兄だけはあの屋敷の中に入ったんだ」 「なんですって?」 「中はすっかり荒らされていたよ。ほかにも入り込めた奴がいるんだろう」 アスターはそこで見たものを階段の上の肖像画も含めて話して聞かせた。 「で、あなたはその光る目が幽霊だと思っているの?」 思っているのではなく事実なのだが、これを家にいる幽霊たちから聞いたとはいえない。 「これは噂なんだがあそこには邪悪な子供とその子が飼っていた凶暴な幽霊がいて、入っ てきたものを殺すらしい」 「今まで入った盗人は?」 「哀れな最後を遂げたという噂だ」これは嘘。 「でも、あなたたちも入ったんでしょ?」 アスターは冷や汗が出てきた。「僕たちも危なかった。でも子供だったしまったく悪意 はなかった。何より犬は大好きだ」 「なんか変ね。まるでわたしに入らせたくない見たいね」ジェシカはアスターを怪しげな 目で睨みつけた。「まあ、いいわ。どっちにしても、しばらくは行かないでおこうと思っ たの。まず、調べて作戦を練る。それから行動」 アスターは密かに胸をなでおろした。「よかったら僕にも手伝わせてくれないかな。調 べ物とか」 「本当にいいの? 助かるわ」ジェシカは素直に喜んだが、ふと考え込むように宙を見つ めた。「でも、気になるわね」 「なにかあるの?」 「わたしには屋敷と一緒に代々引き継いだ『伝言』あるの。伝える相手はおのずとわかる って言われている。でもまだわからない。その秘密が屋敷の中にあると思うの」 「その伝言ってなに?」 「言えないわ。まともなことではないもの」 「ふーん。なぜ言えないの?」 「わたしはまともな人間だから」
アスターはひとまずよしとして、家に帰った。これでちょくちょく会う理由ができた。 そう悪くない。 夜、興味津々の幽霊たちと話をした。 「あの屋敷のことを調べてもらえないかな? 君たちのほうが僕よりうまくやれるだろ。 同じ穴のむじなだから」 『そうだな。でもあの屋敷に近づくのはわたしたちでも難しいんだ。ほかの奴にも訊いて みよう。わたしたちより古い幽霊に。いやー、君がきてから退屈しなくなったよ』ドンが うれしそうに手を振ると同時にデイジーおばさんを残してみんな消えた。 「みんななんだか楽しそうだね」アスターの口ぶりは少し恨みがましかった。 『みんな気を紛らわしたいのよ』 「デイジーおばさんのほうはどうなの? まだ彼氏は眠っているの?」 『相変わらずどこかをさまよってる』 ドンやみんなが聞き込みをして調べた内容はあまりなかった。昔、よそからやってきた 家族があの屋敷に移り住んだがなにか不幸があり途絶えてしまったらしい。家族は両親と その息子、あの肖像画に描かれている三人で、子供の幽霊と言うのはその男の子だろう。 そういえば絵の中には恐ろしい犬もいた。 あまり成果は上がらなかったということだ。さてどうしたもんかなと考えてみる。アス ターは気が進まないがもう一度あの屋敷に行き子供に会わなくてはならないと思った。い ずれにせよ図書館から借りた本もさがしにいかなくてはならない。今度行くときはみんな についてきてもらおう。同じ仲間だ。きっとそんなに邪険にはすまい。アスターはそう考 えると少し気が楽になった。でも、そんなに急ぐこともあるまい。決して行って楽しいと ころではない。 うまい具合にジェシカは忙しくなった。図書館の一室を借りて個展を開くことになりそ の準備におおわらわだった。作品を運ぶのに車が必要なジェシカのために、アスターは雑 貨屋のトラックを借りに行った。雑貨屋の店主は快く貸してくれた。天気がよく暖かい日 だったので店主の母は表でベンチに座り日向ぼっこをしている。店主の妻がレジのところ から義母が楽しそうに手を振りながら独り言を言っているのをしっかり見張っている。 アスターには老女の横でかわいい女の子がにこにこ笑っているのが見えた。
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