11 星祭りへ招待


 「面白い人ね、あなたのお母さんは?」
 「お母さん?」流れ星は眉をあげた。「まあ、そんなものなのかな? ところで僕の名
前はシルベスター。いい加減に名前で呼んでもらえないかな? これからたくさんの流れ
星に会う、不便だよ」
 「シルベスター、忘れていたわ。確かそんな名前だったわね。できるだけ覚えておく」
 楽しむような余裕の顔をしたシルベスターを憎々しげに睨み、シーラは口を開いた。
 「そういえばあなただってわたしの名前を一度も口にしたことがない。覚えているかど
うか怪しいものだけどわたしの名前はシーラ……」それから先は続かなかった。
 先にいたシルベスターが玄関のドアを開けるとまばゆい光に目がくらんでしまった。
 しばらくして目が慣れてくるとそこがとてつもなく巨大なホールだとわかった。シルベ
スターに背中を押されなかに入ると、延々と続き弧を描いた曲線の壁に同じような扉がず
らっと並んでいるのが見えた。あちこちの扉が開くたびにいろんなものが入ってくる。人
間だけではなかった。いや、ひとがたをしたものだけではなかった。流れ星は人間ではな
いだろう。熊に犬、馬に羊、トカゲに白鳥、蜘蛛からムカデ、それに魚、ありとあらゆる
生物が奇妙に入り混じっている。
 床は疵ひとつ、継ぎ目さえない黒曜石が敷き詰められ、天井には星の輝く美しい夜空が
広がっていた。
 「なんなのこれは!」口をあんぐりと開けるシーラを楽しそうに見ていたシルベスター
が脇をつついて注意を引いた。
 「懐かしい顔だ」
 「お久しぶりだね」つがいのシーラカンスが空中を漂ってきた。
 「お久しぶり、元気かい?」
 「おかげさまで。博物館も悪くない」連れに比べ一回り小さいシーラカンスが言った。
 「これまでが化石のような生活だったから、何もかもが珍しくって、毎日が刺激的なの
よ。」雌のシーラカンスがうれしそうに言う。
 雄のシーラカンスが鼻から出した泡が空中を上って行った。「うるさくて煩わしいとき
もあるがね。でも二匹でいつも一緒にいられる。もう寂しくない」
 雌のシーラカンスは身体の色をさらに赤く染めて、くねくねと雄に絡みついた。
 「仲のおよろしいことで」シルベスターは呆れながらも微笑んだ。
 幸せそうに寄り添う二匹の魚と別れると、ふたりはホールの奥に入って行った。
 「この世界にきてからずいぶん静かだね。シーラ」シルベスターはからかうようにゆっ
くりとリズムをつけて名前を言う。
 確かにシーラにはありえないほど口が休んでいた。考えてみると女王とも一言も話さな
かったが、女王はひとりでしゃべって満足して気がついていなかったようだ。だがこの世
界に来てただ驚くばかりで口は開きっぱなしなのだがまともな言葉は出なかった。
 「これは……」いざ、しゃべろうとすると声がかすれる。咳払いをしてのどのこわばり
をほぐす。
 「これはいったい……」
 シルベスターはにやりと笑いながらシーラの言葉を遮った。
 「この世界にかかわっているもの、これまでに願いを叶えてもらったものなどが一同に
集まっているんだ。ほとんどが夢のなかだと思っている」
 「ふうん」あまりに突拍子のない状況なので何も考えられない。ただすべてをまるのま
ま受け入れるしかなかった。それに夢のなかの出来事だとしたら別に驚くようなことでは
ない。
 「もうすぐ女王のスピーチがはじまる」シルベスターはシーラを引っ張って中央に進ん
だ。
 ちいさな虫や動物を踏みつけないように気をつけながら進むと、途中で知った顔に何度
も出会った。ちいさな少女や酒瓶を抱えた男、こちらに挨拶してくるものもいる。みんな
あたりまえのように馴染んでいた。きっとベッドのなかでもみんな笑っているに違いない。
 広いホールに集まった現実世界の住人たちは楽しげに話したり踊ったり、飛んだり跳ね
たり食べたり飲んだり、好き勝手に楽しんでいる。余興を披露しているものもいるようだ。
楽器の音や歌声が聞こえる。あまり広いのでどこで何をやっても邪魔にならない。みんな
好き勝手な格好をしている。完璧な正装をしている紳士淑女に混じって寝巻きを着てガウ
ンを羽織った老人が自然に話している。床から生えている樹ではあらゆる種類の鳥がさえ
ずっている。目の前を象がゆっくりと横切る。その背中には興奮して真っ赤な顔をした少
年が乗っている。空中にはトンボや蝶や魚が一緒になって飛んだり泳いだり。ふと足がむ
ずむずすると思ったらムカデが這い上ろうとしていた。ぎゃっと叫んで慌てて振り払うと
ムカデは「ひどいな、道を間違っただけなのに」怒りながら離れて行った。
 「みんなに優しくね」シルベスターがそっとたしなめる。 
 多くの人々に混じってちらほらと別の流れ星がいるのがわかる。彼らの姿は様々だった。
背が高くたくましい男性がいれば清楚で可憐な女性、中年の渋みを出している男性もいれ
ば妖艶な美女もいる。髪の色も瞳の色も背の高さも様々、でもすべてに共通しているのは
とても魅力的。彼らはうまくまわりに溶け込んでいるが、その身体がみんな内側からかす
かに光っている。深い海の底で見た燐光を放つ生き物のようにとても美しい。
 シルベスターは流れ星のなかでも特に美しい姿をしていた。
 「みんなすてきなのね、あなたたちは」
 「ああ、そのほうが゙有利なんだ」
 興味をそそられたシーラにシルベスターは解説する。
 「僕たちが窮地に陥ったときに助けてもらえる確率が高くなる。君だって僕が醜く太っ
て禿げた男だったらそんな気は起きないだろう?」
 「そんなことないと思うけど」一応言ったけれど、シーラは確かにねと思っていた。こ
れは海の底のアンコウが餌を引き寄せる提灯のような罠なのね。シーラはまんまとその光
に引き寄せられてしまったわけだ。なんとも悔しい。
 「あなたたちの姿はどうやって決まるの?」シーラは訊いてみた。
 「自分たちで選ぶんだよ。姿は自由にかえられる。ころころかえるものもいるが、だい
たいは自分に合った姿でいる」
 「あなたはその姿が合っているの?」
 「ああ、しっくりして馴染んでいる。気に入らない?」
 シーラには違う姿のシルベスターを想像できない。でも、顔がよくて気取っている上に
自信満々の態度は癪にさわるから、口が裂けても認めない。
 「まあ、そこそこに見栄えはいいかもね。中身を隠してくれる」
 シルベスターは妙な表情を浮かべた。「なんならジェイクのような姿になろうか?」
 「それは絶対にやめて」冗談じゃない。彼はすでに人のもの、過去のひと、なんの未練
もないし愛着もない。「それじゃあなたじゃなくて違う人といるような気がする。そのま
まがいいわ」
 「ふふん。よかった、僕もこのままの姿がいい」
 思わせぶりにシーラを見るのでシーラは不本意にも顔が赤くなってしまった。くそっ、
からかわれている。腹がたつのでやり込めてやろうと口を開きかけたとき、ホール全体が
大きな地響きで大きく揺れた。バランスを崩したシーラをシルベスターが抱えた。
 「女王の登場だ」
 「どこ?」あたりをきょろきょろと見回しているとホールの中心から放射状のひびが走
った。そこからまばゆい光があふれてくる。観衆が息を飲んで見つめるなか、轟音ととも
に巨大な水晶の山が盛り上がっていく。あっという間に剣のような結晶を八方に突き出し
た巨大な水晶の山がホールの真ん中に空高くそびえ立った。その頂上にふたりの人影が現
れた。
 女王は裾のラインが流れるように広がり粉砂糖を振りかけたようにキラキラ光る黒いド
レスに身を包んでいた。まるで後光のように広がった襟とダイアモンドをちりばめたティ
アラ。さっきとは見違えるような抜群のスタイル。大きく開いた胸元には不似合いな石が
ぶら下がっている。
 「みなさん。よくお越し下さいました」女王の鈴を転がすような声がホール全体に響く。
 さっきの男が目立たないように女王の影におとなしく控えている。
 「今宵は特別な夢の夜です。ここではあなた方の夢がなんでも叶います。もちろん少し
ばかりの規則はありますが」女王はいったん口を止め、あたりを見回す。「あまりにも見
苦しい真似をされるとただちに送り返しますので行動、言動には注意なされるように」や
さしく釘をさす。
 目がくらむほどの光で水晶の山が輝きだしたかと思うと閃光とともにパーンとはじけ、
キラキラと輝く光の粉となりみんなに降り注いだ。女王とお付きの男はあとかたもなく消
えてしまった。
 「すごいわね」シーラは感心した。
 「さすが、今回の演出はよくできてる」シルベスターも感心している。
 「ここではなんでも夢が叶うって女王が言ってたけど本当?」
 「ああ、もともと夢の世界だからね。まわりを見てごらん。ご馳走やきれいな衣装、み
んなが望んだものだ。あそこで歌っている女性は、いつか有名な歌手になって大勢の人の
前で歌いたいと思っている。あそこで肉をくわえている痩せこけた老人は、かねてから思
う存分好きなものを食べたいと思っていた。彼は歯がないんだ。それからあそこでしきり
に宙返りをしている青年、彼は以前軽業師だった。だけど事故で片足を失った。そして…
…」
 「もういいわ。なんだか悲しくなってきた。いずれにしても一夜限りの夢なのね」
 「そうだ」
 「あなたたちは残酷なところがあるわよね」
 「そうだね。だけどたとえ夢のなかだけだとわかっていても心から喜んでいるものもい
る」シルベスターはあたりを見回した。
 「君だったら何を望む。ここ限定だけど」
 シーラは考えた。何も思いつかない。まあ、とりあえずいま着ている普段着から着たこ
ともないようなきれいなドレスにでも取り替えるか。そしてふと思った。
 「あなたの願いはなんなの? シルベスター。あなたは叶えるばかり、あなたにも何か
望むものはあるんでしょ?」
 「僕は無欲で奇特な奉仕人だ。まあ、強いて言えば後頭部が欲しい」そう言うとくるっ
と回転してぽっかりあいて間の抜けた頭を見せた。
 「ははっ。そのままのほうが似合ってるわよ」何か隠している。シーラは感じた。シル
ベスターの望みはなんだろう? シーラは目を細めてシルベスターを見た。
 「目付きが悪いぞ」
 シーラが問いつめようとしたとき、キラキラ光る粉を固めたようなひとがたが近づいて
きた。かたわらにかわいらしい女の子が寄り添っている。 
 「やあ、アルベスター。マリー、相変らずかわいいね」シルベスターが挨拶する。
 「久しぶりだな、シルベスター。こちらが君のお姫様かい?」深く心に染み込むような
声だ。
 「そんなにかわいらしいものではないけどね」
 睨みつけるシーラを気にもとめずシルベスターはふたりを紹介した。光の粉でできたア
ルベスターは文字どおり粉々に砕け散った流れ星。そしてマリーはその粉を集めまわるか
わいそうな娘。
 シーラより悲惨な状況だ。
 「どうしたらそこまで砕けちゃうの?」
 「ああ、運が悪かったんだ。あまりにも壮大な願いに捕まってしまった」そう言うと横
の女の子のほうに粉のかたまりは傾いた。「そしてとても運がよかったんだ。マリーに出
会った」
 横にいるマリーはなんともいえない複雑な顔をする。「あのときはこんなことになると
は知らなかった。本当にそれを願っていたのよ。でも、無理だったのね」それからアルベ
スターに向かって微笑んだ。「でも、あんな願いをしたのに勝手だと思うけど、少なくと
もわたしは幸せだわ」
 「どういうこと?」シーラにはわけがわからない。
 
 流れ星は同じものに二度捕まり、前の願いを取り消されるとシルベスターのように大き
なかけらに砕ける。そしてたった一度でもそれが叶えられない願いなら粉々になる。
 アルベスターはマリーに願いをかけられた。「世界中の人が幸せになりますように」と。

 「それは無理な願いだ。ひとりひとり幸せの基準は違う。ある人が幸せになれば、その
せいで不幸になる人がいるかもしれない。みんな同時に幸せにはできない。それから死ん
だものを生き返らせることもできない。死は扱えない」シルベスターが説明する。
 「ふうん。叶えられない願いだとあなたたちが壊れるというのは女王が決めたの?」
 「ああ、ほかにもいろいろ細かいことがたくさんある。女王は規律が好きだからね。女
王は願いを叶えるために存在している。だからそれができないのが許せないんだ。その鬱
憤をどこかではらさなくてはいけない。そして僕たちがそのとばっちりを受けるというわ
けさ」
 「へえ、それであなたがアルベスターのかけらを集める手伝いをしているのね」思わず
マリーを尊敬の目で見つめてしまった。粉砕された身体。なんとも気の遠くなる話だ。
 「ええ、こうなったのはわたしの責任だもの」マリーはまたもやアルベスターに微笑む。
なんともいじらしい。「彼の声はすてきでしょ。きっと姿もすてきに違いないわ。もとに
戻してあげたいの」心なしかその声には熱い気持ちが感じられる。
 確か姿は好きなようにかえられるはず、きっと声だって。マリーの夢見るような顔を見
てシーラは口に出すの控えた。「あなたって偉いわね」感心してしまった。きっとアルベ
スターは性格がいいのだろう。
 ふたりに別れるとシーラは訊いた。
 「あなたたちにはほかにどんな名前がついてるの?」
 シルベスターはホールにいるほかの流れ星を指さしながら言った。「あいつはマジェスタ
ー、なんか尊大だろ。彼はホレスター。彼女はユニスター、あっちはレジェスター、ミニ
スター……」
 「さもありなん」
 ふとシルベスターが不可解な顔でシーラを見つめているのに気がついた。
 「僕が彼のように粉々になったら助けてくれる?」
 あまりにも真面目な顔にシーラはたじろいだ。
 「冗談だよ。僕は簡単に捕まらない。それに相手を選ぶ」シルベスターは笑った。
 相手を選ぶ? つまりわたしは選ばれたってこと? 馬鹿な願いをかけそうな女だと?
 それとも何か違う理由が? シーラの頭のなかで疑問符が飛びかっている間にシルベス
ターは仲間に呼ばれ離れて行った。
 流れ星たちはみんな美しくかっこいい。そのなかでもシルベスターは抜き出ている。こ
れは贔屓目なのだろうか? まるで彼を自分のもののように見ているのに気がついて頭を
振った。どうも調子が悪い。ここの不思議な雰囲気が何か変な気持ちにさせるのだろう。
 ホールの上空をたくさんの生き物たちに混じって輝く鱗をキラキラさせながら漂うよう
に泳ぐ美しいシーラカンスの二匹を眺めていると、美しく着飾った上品な女性が胸の前で
握ったこぶしをもみしだき、不安げにあたりをきょろきょろと見回しながら誰かを捜して
いるのに気がついた。
 「メグ!」そうだった。メグも関係者だ。願い星の力でシーラを呼び寄せたのだった。
いや、まてよ、もしかして、わたしたちふたりはもともと招待される資格があったのでは
ないだろうか? それもずっとまえから。それとも夢として忘れてしまっていたのだろう
か? あとで確かめて見なくては。どうもおかしい。
 「ああ、シーラ。捜したんだよ。大変なんだ。あの人が……、あの人がいたの」
 「あの人って、メグを捨てた人?」
 メグは鼻を鳴らした。「捨てられたとは決まってない」
 メグはまるで貴婦人のようで、もともと美しい顔立ちにそれはとてもよく似合っていた
が上品さに欠ける。
 「本当? 間違いないの? で、どこで?」
 「ああ、間違いないよ」メグは切なそうな顔をして言った。「間違うはずがない。だけ
ど……あの頃のままなんだ。若いままなんだよ」
 メグが言うにはさっき女王のそばにいたあの間の抜けた男が例の男らしい。
 「メグ、見間違いじゃないの? 彼はメグの言ってたような気の利いた男には見えなか
った。ぼんやりとしてしまらない間抜け面をしていた」
 メグはむっとした顔をして言った。「まったくあんたって子は。確かにあたっているけ
れどもっとやさしい言い回しはないのかね」そう言いながらも何やら考え込んでいた。
「きっと何か頭をぼかされているんだ。あの人はもっときりっとしていてりりしかった。
でも姿かたちは変わらない」メグはあたりを見回した。「どうしたらいいんだろう?」
 メグは不安に陥っていた。会いたくて夢にまでに見た男だ。だけどなぜメグのもとに戻
ってこなかったのか真実を知るのは怖い。もしかしたらメグのことなど忘れてしまってい
るかもしれない。
 真っ青な顔をしたメグの着ている服はところどころがいつも着ている寝巻きに戻ってし
まい、つぎはぎだらけなの奇妙なものに変わっていた。
 「メグ、落着いて」シーラはメグをやさしく抱きしめた。「ここで気をもんでいてもし
かたない」メグの身体をそっと離すと潤んだ瞳を見つめた。「はっきりさせたほうがいい
わ。彼を捜しだして本当のことを訊きましょう」
 メグの青ざめた顔はこわばっていた。それからゆっくりとシーラの胸に額をつけた。
「ここではっきりさせないとこれから先またもやもやとしたまま過ごすことになる。これ
から先、後悔して生きるなんて嫌だし……」そのくぐもった声はまるでメグが自分を説き
伏せているかのようにぶつぶつとシーラの胸の谷間に響いた。
 メグはいつも背筋のピンと張ったしっかり者で人に弱みを見せるような人ではなかった。
シーラは子供の頃いつもしてもらっていたようにぎゅっとメグを抱きしめ、それからぐい
っとその身体を引き剥がした。
 「メグ。ぐずぐず言ってもしかたないわ。いつものメグはどこに行ったの? メグはこ
んなにへなちょこではないはず。あいつを捜しだして、場合によってはぎゃふんと言わせ
てやらなくては」
 メグの瞳に生気が戻ってきた。
 「ああ、そうだね」
 そのときちょうどシルベスターが戻ってきた。「やあ、メグ。いや、初めましてだった
ね」
 メグは話には聞いてはいたが見るのは初めてのシルベスターにちょっと驚いていた。
「まあ、あんたがあの噂の男かい?」
 シルベスターは苦笑いをした。「たぶんあまりいい話はないでしょうが、僕がその噂の
シーラを煩わせてる流れ星のシルベスターです。お見知りおきを」
 「よくわかっているじゃないか。わたしのかわいいシーラをもっと大事に使えないもん
かね、まったく。それにしてもこんなにいい男だとは思わなかったよ」
 「メグ、騙されないで。この姿は餌を呼び寄せる罠なんだから」
 「あなたは娘さんをずいぶんしっかりものに育て上げたようですね」挑むような目付き
でシーラを見ながら流れ星が言う。
 「シーラは孫娘だよ。それはいいとしてふたりともいい勝負だよ」
 流れ星はメグの奇抜な服装を見て片眉をあげた。「面白いですね」
 「そうだ。こんなことをしている場合ではない。メグ、あいつを捜しにいくのよ」
 メグを引っ張って行こうとするシーラの腕をシルベスターがつかんだ。「何かあったの
か?」
 「長い話しになるわよ」
 「時間はたくさんある」シルベスターは話をうながした。
 シーラはため息をつくとホールの片隅に腰をすえて話をはじめた。メグは落着かない様
子であたりを見ましながらシーラの話を補った。
 「ふうん。あの男がねえ」
 「あいつを知ってるの?」
 「いや、僕はよく知らないが、彼は女王に『役者』と呼ばれている。彼が女王のお付き
になったのは最近だ」
 「あなたたちとわたしたちの時間の感覚は違う」
 「そうだな。確か彼は記憶を失っていると聞いた」
 「なんですって! 何があったんだい」メグが立ち上がってそわそわしだした。いまに
も駆け出しそうだ。
 「落着いて、メグ。いつものあなたはどこにいちゃったの」シーラはメグを引っ張って
横に戻した。
 「ああ、シーラ。心臓が飛び出しそうだよ」
 「とにかく、まず女王を捜して話を聞いたほうがいいだろう。彼もそばにいるはずだ」
 そこでみんなで女王を捜した。たよりのシルベスターにも女王がどこにいるのかわから
なかった。ときどきやっている、うつろな瞳でぼんやりとした表情をしたあとで言った。
あれは誰かと頭のなかで話をしているときの顔だったんだ。遅まきながらシーラは気づい
た。
 「女王は気配を消している。こっそり混じって楽しんでいるんだろう」
 「どうするの?」
 「姿をかえても本体は隠せない。あの石を目がかりに捜すんだ」
 三人は別れてホールに散らばった。ホールは果てしなく広い。いろいろなものや人や生
き物がごちゃ混ぜにひしめきあっているのを見てシーラはため息をついた。まるでシチュ
ー鍋のなかに落とした指輪を捜しているようなもんだ。これは子羊亭の女将さんが実際に
やったこと。女将さんは客にシチューを渡す前に皿のなかをかき回し、大切な結婚指輪を
見つけようと目を皿のようにして捜したがなかなか出てこなかった。シチューは特大の鍋
でまとめてつくられしばらく置かれる。シチューとは時間がたつほどおいしくなるもんだ。
鍋の底に近くなった子羊亭のシチューはそれはもう絶品だった。運悪く女将さんはできた
ばかりの鍋一杯のシチューのなかに指輪を落とした。なくなるまでには何日もかかるのだ
が、半分以上減っても指輪は出てこなかった。がっくり肩を落とした女将さんがあきらめ
かけたとき、客のひとりが呻きながら指輪と欠けた歯を吐き出した。その客はかたく握り
しめた指輪をつかんだこぶしを振り回しながら激しく文句を言ったが、女将さんがその男
の食事を一ヶ月ただにすると言ったとたんに喜んでその手を開いた。
 女王だってきっとみつかる。でもシーラは子羊亭の女将さんのように辛抱強くはない。
シーラが指輪を落としたら、シチューを地面にぶちまけてすぐさまかき回すだろう。
 「女王のクソッたれ! いったいどこにいるのよ!」
 シーラのそばにいた品のいい紳士がびくっと驚いて非難するようにシーラを見た。
 「失礼。人が多過ぎて興奮しちゃって」
 「確かに賑やかだ。めったにない機会だからね。わしは家ではベッドに寝たきりの身。
こうやって動き回るのは久しぶりだ。女王がくれたこの夢に感謝してるよ」
 「そうね。女王に乾杯」グラスを掲げる仕草をして愛想笑いをした。「わたしも女王に
お礼が言いたくて捜しているんだけど、ちょっと……その……言い方を間違ったみたい」
 「彼女ならさっき羊に乗ってあっちにいったよ」紳士はシーラのうしろを指差した。
 驚いたシーラは急いで駆け出そうとしたがふと立ち止まった。「あなたが元気になって
また歩き回れるように願ってるわ」
 「ありがとう」紳士は笑って言った。「今度流れ星にそう願うつもりだ。うまくいくこ
とを願ってくれ」
 紳士が指差したほうに行ってみるとちいさな牧場があった。そこでは馬やヤギやウサギ
や初めて見る動物が黒曜石の床から生えた草を食んで牧歌的な風景をつくっている。
 そのなかでつやつやと黄金に輝く見事な毛皮を持つ立派な羊がくつろいだ様子で空を見
ていた。普通の羊にありがちの何を考えているかわからない目つきをしている。よく見る
と首に女王を下げている。
 「見つけたわ」
 羊の首に下がった石がきらりと光り、羊がゆっくりと近づいてきた。
 「星の女王。お尋ねしたいことがあるのですがしばらくつきあってもらえないでしょう
か?」ああもう、ひざまずいてお辞儀もしなくてはけないのかしら? 女王相手にどんな
話しかたをすればいいのだろう。シーラはこんな偉い人に会ったことはない。少なくとも
シルベスターは女王と普通に話していた。
 「何かしら?」羊の口から女の声がした。
 「とぼけないで下さい、女王。わかっているでしょう?」うしろから苛立った声がする。
 いつのまにかシルベスターとメグが横に来ていた。メグは羊を丸焼きにせんばかりの目
付きで見つめている。
 「まったく。おまえはいつも可愛げないわね。わかったわよ。いや、わからない。いっ
たいどうしたというの?」
 「あなたが最近側においているその男のことです」シルベスターは女王に話しながらそ
の男に話しかけているはずなのに、男は何も反応しない。羊の姿をしているのだからなお
さら何を考えているのかまるでわからない。
 「もう、やりにくいな。姿をかえてもらえませんか?」
 「はいはい」羊はぴょんと高く宙返りをするとすっくと二本足で立ち上がり、まるでマ
ントを脱ぐようにするりと毛皮を脱いだ。すると中から女王と役者と呼ばれる男が出てき
た。
 ふたりはさっきシーラが女王の応接間で見たときと同じ格好に戻っている。
 メグがはっと息を飲んでシーラに寄りかかった。男は一瞬メグを見つめたがすぐにまた
ぼんやりとした目付きに戻った。だがその瞳にはさっきとは違う影が見えるような気がす
る。
 「何か深刻な話のようね。ゆっくり落着いて話せるように場所を移しましょう」女王が
手を振るとみんなの前に細い螺旋階段が現れた。ひとり分の幅しかないその階段を女王が
先頭になり、役者、流れ星、メグ、最後にシーラと一列に並んで上った。シーラが足を離
すとその段は消えていく。シーラは自分が落とされるのではないかと気が気でない。
 上り詰めるとそこはさっきの応接間につながっていたが、家具と内装が変わっていた。
ゆったりとした長椅子が細長い黒檀のテーブルを挟んで向かい合うように置いてある。
 「さあ、適当にくつろいでちょうだい。あなたも座るのよ」女王は片方の長椅子に陣取
ると男を横に呼んだ。男は芝居じみた大袈裟な仕草で優雅に椅子に腰かけた。それから役
を間違ったというかのように居住まいをただし、かしこまった。
 女王は全員を見回すとパチンと指を鳴らす。目の前にお茶のセットが現れた。マフィン
までついている。
 「お召し上がれ。お茶はちょうどよい温度、マフィンは焼きたてよ」そう言いながらカ
ップに口をつけ、満足げに目を細める。
 さっきまで羊だった男はうつろな瞳で女王に倣い、お茶を飲みマフィンに手を伸ばす。
 予想外の展開に戸惑っているシーラとメグをよそにシルベスターもすっかりくつろいで
いる。
 シーラもつられてお茶を一口飲むと思わず叫んだ。「熱い!」
 「あら、あなたには熱過ぎたかしら」
 シーラはいっきに我に返った。「女王様、こんなにゆったりとしている場合じゃないん
です」そう言いながら横でまったりとしているシルベスターを睨みつけた。メグは目の前
の男の一挙一動から目を離せないでいる。
 「彼は……あなたがそばにおいているこの人はわたしの祖母のかつての恋人かもしれな
いんです」
 女王ははじめて気がついたようにメグを見た。「初めまして。あなたがシーラのおばあ
さまね。メグと呼ばせてもらっていいかしら?」
 「ええ、どうぞ」メグは上の空で返事をし、女王は微笑んだ。
 「この人には記憶がないの」女王はそう言って横の男が膝にこぼしたマフィンのかけら
を拾った。その馴れ馴れしい態度にメグの表情がこわばる。「彼がここに来た経路はみん
なとは違うのよ。頭のなかがほとんど空っぽで何も残っていない。彼が話しても時間がか
かるばかりだからかわりにわたしが知っていることを話しましょう」


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