13 流れ星のレース


 「僕たちもいこう」シルベスターはふたりを追い立てるようにして消えたはずの螺旋階
段を下りてホールに戻った。
 「なんなの、いったい! 何も解決していないじゃない。あいつはのらりくらりと逃げ
やがった。でもう一度つかまえて彼を取り戻すのよ」
 「もういいんだよ、シーラ」メグが落着いた声で言った。「あの人はわたしのもとに戻
ってくるつもりだったんだ。ただ、それができなかった。それがわかっただけでもういい」
 「何言ってるの。メグは誰とも結婚せず、ずっと彼を待っていたんでしょ」シーラはメ
グを抱きしめた。
 「シーラ、彼は昔のままだった。若く美しく立派で……。あの姿をもう一度見れた。そ
れだけでもういい」その声はシーラの胸の谷間でか細く寂しげに響いた。
 「でもとても間抜けに見えたわ」シーラはメグをさらに強く抱きしめた。
 そのとき、ざわついていたホールが急に静かになり、居合わせたものすべてのものの期
待と興奮の熱気で気温がいっきにあがった。
 「何がはじまるの?」
 「言っただろ、流れ星たちのレースだ」シルベスターが物分りの悪い生徒に教えるよう
に辛抱強く言った。
 「あなたは出ないの?」
 「僕は完全でないから出られない。これも前に言った」
 シーラは肩をすくめて知らんぷりをした。
 ホールの片隅が突然一段盛り上がる。そこにいたものたちは慌てて段から飛び降りると、
盛り上がった床は階段のように一段ずつ幅を狭めながら積み重なっていく。柔らかな乳白
色をした半円の階段は、その一段一段を絞りだしたようなクリームとリボンとボンボンで
飾り付けられ、まるでうしろを半分切り取られたウェディングケーキのようだった。その
頂上に女王と役者が乗っている。まるで陶器の人形のように見える女王は清楚な純白の花
嫁衣裳に身を包み、キラキラ光るティアラを頭に乗せている。横にはタキシードを着た役
者が女王の腕に腕を絡めている。まるで絵に描いたようなふたりだ。
 「あなたの女王はすごく嫌味なやつね。みっともないティアラだわ」シーラはメグを抱
き寄せながら言った。ティアラには薄汚い石がついている。
 「確かに女王はひねくれている。でもいいところもあるんだ」シルベスターがやれやれ
といった表情で女王を見る。
 どこからかファンファーレがなりどよめきがおさまった。みんなが女王に注目している。
 女王が役者の腕をほどくと一歩前に踏み出した。「みなさん、今年も素晴らしいお祭り
を開催することができました。これもみんなで一緒に素晴らしい夢を紡ぐからです。わた
したちの世界とあなたたちの世界が混じりあって素晴らしい夢を織り上げます。織りあが
った夢は形には残りませんがあなた方の心をやさしく包みこむでしょう」女王はいったん
言葉をとめ、会場をゆっくりと見回し満足そうに微笑む。「これから祭りのフィナーレ、
流れ星たちによるレースがはじまります。今年は東北東の空から流れます。さあ、流れ星
たち、いきなさい!」女王が夜空を仰いで両腕を優雅に振り上げると、ホールにいた流れ
星たちがいっせいに輝きを増しはじめた。そしてまるで打ち上げ花火のように次々と空に
飛び出して行った。
 それと同時にあまたの扉のついたホールの壁がまるで切り開かれた箱のように放射状に
パタンパタンと外側に倒れて消えていく。気がつくとホールの床は草原となり一同はなだ
らかに広がる平原に立っていた。
 「すごい!」打ちひしがれていたメグさえも目を大きく見開いて見とれている。
 平原に残っている流れ星は不完全なものばかりだった。アルベスターに寄り添い空を見
上げるマリーが見える。ほかにも美しい上半身を揺らぐ輪郭の下半身に支えられた中年の
流れ星と彼と腕を組むやはり中年の婦人がいる。だけど身体の欠けた流れ星がみんな誰か
をつれているわけではない。ひとり寂しく空を見上げているものもいる。
 「走れなくて悔しい?」シーラは横で空を見ながら唸るシルベスターのわき腹をひじで
つついた。
 「ふん、少しはね。僕はちょっとばかり負けず嫌いなもんでね」そう言いながらにんま
り笑った。「言ったっけ? 僕は前回の優勝者だった」
 「へぇー。聞いたような気がする」自慢げな顔が憎たらしい。そこでふと思いついた。
「優勝者には何か賞品とか、ご褒美とかあるの?」
 「ああ、女王が願い事をひとつ叶えてくれる」
 意外な答え。「あなたたちの願い?」流れ星にも願いがあるのだ。あまりにも人間離れ
しているし、なんでもできるのでそんな人間くさいものはないと思っていた。
 「あなたは何を望んだの?」
 「教えない」流れ星は不可解な表情でシーラを見つめながら言った。
 そうだと思った。「礼儀として訊いたまでよ」シーラは関心を空に向けた。横でシルベ
スターが歯ぎしりをしたような気がする。
 東北東の方向にはたくさんの星がキラキラと輝いてスタートの合図を待ち構えている。
 『幸運を祈っているわ』女王の囁き声が耳に響く。
 「どういうこと?」シーラがあたりを見回すとメグも訝しげな顔をしている。
 「流れ星が流れるんだ。それも事前にわかっている。願いをかけるのがあたりまえだろ
う?」
 「そんな! 考えてもいなかったわ! なんで前もって言ってくれなかったの!」シー
ラは叫んだ。
 シルベスターはさも当然だというような顔をしている。「誰でも考える」
 「なんの準備もしていない! こういうことは前もって準備が要るのよ! 心の準備、
願い事を簡潔にまとめて練習して……」慌てるシーラをメグが落着いた声でいさめた。
 「シーラ、慌ててもしかたがない。シルベスター、どうやればいいの。あんなに星はた
くさんいるのに」
 「そこなんだ、難しいのは。ひとつに的を絞ってそいつから目を離さないようにしなく
てはいけない。その星にだけ願いを唱えるんだ」
 「あのなかからひとつ!」シーラは絶句した。星たちは早く走りたくてたまらないよう
にゆらゆらと揺れている。
 「目を凝らしてみると微妙に色が違う」
 「はん! 根性悪」
 「シーラ、黙って。集中するのよ」メグは空を見上げた目をすがめ、一心不乱の形相を
している。

 「スタート!」
 恐ろしいまでの緊張で針が落ちても飛び上がったに違いない。だからいきなり女王の号
令で取り乱したのはしかたのないこと。
 シーラがかろうじて見分けた青みを帯びた星に願いを三回唱えるのはできなかった。あ
まりにも早く消えた。
 「君の星は途中でこけた」シルベスターが面白そうに言う。「どじなやつだ」
 「なんでわたしの星がわかるのよ!」シーラはシルベスターにかみついた。
 メグはやはりがっくりと肩を落としている「わたしもだめだった」
 「メグはどんなお願いをしたの?」シルベスターがやさしい声で尋ねる。
 「彼がわたしを思い出して、年相応になり、戻ってきて一緒になれますように」
 「メグ! それは長すぎる」シーラは呆れて言った。
 「わかっている。でもどれもはずせなかったんだ」メグは悲しげに笑った。

 広場の向こうではすでに表彰式がはじまっていた。いつのまにか現れたクリスタルの表
彰台の上で小柄で燃えるように赤い髪をしたいきのいい女の子が女王から抱きしめられて
いる。まわり集まったすべての者たちがやんややんやの野次と拍手を送っている。
 メグは女王の傍に影のように寄り添う役者をじっと見つめ、首を振りながらため息をつ
いた。それを見たシーラも思わずため息する。
 表彰台の上でどよめきが起こっている。シルベスターは眉をひそめた。「ちょっと見て
くる」そう言い残してすたすたと行ってしまった。
 ふたりは座り込んで空を見上げ静かで動かない星を見るとはなしに見ていた。
 表彰台の上の騒ぎが大きくなってきた。可愛らしい女の子の声と女王の金切り声にシル
ベスターの声が混ざる。
 気になったふたりは重たい腰をあげると大騒ぎしている場所に向かったが、着いたとき
には騒ぎはおさまり、観客はみんなちりぢりになり、表彰台も女の子も女王もお付きの男
もろども消えていた。
 「何があったの?」ふたりを待っていたシルベスターにシーラは眉をあげた。
 「彼女が、あの赤い髪の娘、レジェスターが優勝したご褒美にあの男を欲しがったんだ」
 「あの男って……」メグが青ざめた。
 「大丈夫だ、メグ。女王は彼を離さない。いまのところは」シルベスターは簡単にいき
さつを話してくれた。
 
 レジェスターは女王から願いをなんでも叶えようと言われたとき、迷わず女王のお付き
の男が欲しいと言った。だが、女王がたじろいだ。
 「この男が欲しいんだって! この男は……。ほかにもっといい願いはないのかしら?
 こんな空っぽの頭の男がいいの?」
 「女王、さあ、お願いです」レジェスターはたたみかけるように言った。
 「レジェスター、君の言っていることは願いではない。要求だ」人垣を掻き分けて現れ
たシルベスターが赤い髪に向かって怒鳴った。
 「どう違うっていうの? わたしは彼が欲しい。そう願っているのよ」レジェスターは
叫んだ。
 「君は彼が好きなわけでもない。ただ妥協しようとしているだけだ」レジェスターのそ
ばに立ったシルベスターはその頭を見下ろしながら言った。狭い表彰台の上では顔を見る
だけのゆとりがない。突然台が広がった。
 レジェスターは唇をかんでいらだたしい顔をしている。「確かに彼はわたしの好みでは
ないわ。でも見栄えするし、すぐ手に入る。わたしはあなたやホレスターのように気が長
くないの」そう言いながら、ホレスターとマリーをちらりと見る。「あなたはいいわよね、
少なくともホレスターよりは。砕け具合が」
 「まあね。おまけに運がいいことに相手がまだ音をあげていない。だけど苦労して手に
いれたものはいずれにせよそれだけの価値がある。おたがいに理解しあえる時を得て、よ
いパートナーになる。君が望んでいるこの男は君のことを何も知らないし、なんとも思っ
ていない。それは君も同じだろ?」
 「これからよく知り合える」レジェスターの声は弱々しい。
 「しかも君の好みですらない」シルベスターがきっぱり言う。
 「ええ、確かにわたしはもっときりっとした人が好きだし、髪もわたしのように赤い人
がいい。わたしはこの姿が気に入っているのよね。だから本当はわたしに似合った人がい
い」
 「ならば、考えなおすべきだな」
 「そうね、でも女王がすんなりわたしの望むような相手をくれると思う?」
 「無理だろうな」
 「やれやれ」レジェスターは肩を落とす。「ホレスターのようになりたくないわ」
 「でも、ホレスターは幸せそうだ。顔は見えないけど。さてと、女王だけど……」
 「うおっほん! わたしはさっきからここにいるんだけど。ふたりとも見えてないよう
だね」
 少し距離を置いてふたりだけで話をする流れ星を女王はずっと睨みつけていた。渦中の
真ん中にいるお付きの男は何かを捜すようにぼんやりとあたりを見回している。
 「いえいえ、とんでもない。でも、こういう話は女王をわずらわせるまでもないと思い
まして。まあ女王抜きにしたほうがスムーズにいくというのもあるけど」シルベスターが
悪びれもせず言う。「さてと、レジェスターは願いをかえたいそうです」
 赤い髪の女の子は観念したように気難しい顔をした女王の前に進み出た。


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