14 女王の舞台


 「それでその娘はどんな願いにしたの?」メグが少しほっとしたように訊く。
 「自分にお似合いの赤毛で頭が良くてかっこいい男が欲しいと」
 「性格はどうなるの?」シーラが鼻を鳴らしながら言った。
 「レジェスターは見栄張りだからな。いくら女王だってそんなひどいやつを見つけたり
はしないさ。あれでも子供たちの幸せをそれなりに考えている」
 「それにあなたたちに性別があるのもおかしいわ。どんな姿にだってなれるんでしょ」
 「僕たちにも個性がある。自分にあった性別を選ぶ。僕は女にもなれるけどすごく居心
地が悪い。それにどちらかひとつを選んだほうがやりやすい」
 「何を?」
 「まあ、いろいろとね」シルベスターは答えをはぐらかした。
 「あの娘は好きな相手から粉々にされちゃうのかしら?」メグが肩をすくめながら言う。
 「その可能性は高いね。女王のことだから」
 「かわいそうに。すんなりと相手をみつけて会わせてあげるだけでいいだろうに」メグ
が同情する。
 「いや、彼女やみんなにとってはいいかもしれない。本当に気が短いんだ。レジェスタ
ーは願いを叶えるときもイライラするものや手のかかるものは勝手に解釈して叶える。い
っそ粉末になって忍耐を覚えたほうがいいかもしれない。きっと女王は気の長くて辛抱強
い相手をみつけるだろうな」面白そうに言う。
 「あなたがそんなことを言うなんて驚き。あなた達はみんな勝手に解釈して、願いをへ
し曲げていると思えるんだけど」シーラは呆れた。
 「僕なんか可愛いもんさ。それに仕事は楽しくしたい」シルベスターはふっと宙を見る。
「さてそろそろいこうか?」
 「へっ、どこへ?」
 「女王に呼ばれているんだ」
 シーラとメグは星の世界のことをぺちゃくちゃしゃべりながらシルベスターのうしろを
ついていく。ほとんどが悪口なのだがシルベスターは面白がっているようだ。ときどき肩
が揺れている。果てしなく続く平原をしばらく歩いていると、突然シルベスターが立ち止
まった。「ここだ」
 「どこ? 何もないわ」あたりを見回すふたりにシルベスターは空から下がっている銀
色に輝く細い鎖を指差す。
 話しに夢中になっていなくても気がつかなかっただろう。星明りだけで十分に明るい夜
の世界ではあるけれど天空から伸びている鎖がどこから下がってきているかは見えない。

 シルベスターが鎖を引っ張ると前方で四角く切り取られた地面が跳ね上がった。中には
下りる階段がある。
 「女王も意地悪だな。年寄りのことをもっと考えてあげればいいのに」ぶつくさいいな
がらメグに手を添える。メグはむっとしていたが女王にではない。
 シルベスターを先頭にメグ、シーラの順に狭い階段を下りる。シルベスターは身体をや
わらかく発光させてあたりを照らしてくれた。まったく便利なもんだ。
 いつまで続くのか、シーラが段数を数えるのに飽きたころ、やっと狭い場所に着いた。
正面には暗い苔のような色をした重たいカーテンが下がっている。
 カーテンを押し広げ中に入ると真っ暗な空間だった。シルベスターの光は吹き消けされ
たように消えた。ひんやりとして開放された空気から、広い空間のなかにいるとわかる。
 シーラとメグがシルベスターのそれぞれの腕をしっかり握っていると上のほうからカシ
ャカシャと音がする。まもなく天井の照明がぼんやりと輝きはじめた。暗くなったり明る
くなったりと何度か繰り返すうちにやっとちょうどいい明るさをみつけたようにとどまっ
た。
 その頃にはすっかり目が慣れていた一同は自分たちが舞台の袖に立っているのに気がつ
いた。色褪せた真紅の重たいビロードの緞帳は下がっている。舞台の中央に行ってみる。
天井の照明は紐でぶら下げられた偽物の星で近くから見ればお粗末この上ない。ついでに
いえば紙でできたものが光るわけがない。背景にはへたくそな田舎の景色を描いた衝立が
並んでいる。羊が群れる牧場。田舎のおんぼろな古小屋、もといメグとシーラの家。広場
やジェイクの家、子羊亭のある通りまである。
 舞台の真ん中には羊の毛が丸いマットのように敷き詰めてある。
 すべてがいかにもちゃちでつくり物以外の何ものでもない。女王には芸術的才能がない
ようだ。
 天井の隅からけたたましいベルの音がすると、ぎしぎしと軋みながら幕があがった。舞
台の照明の影になった正面の客席に女王がひとり座っている。土色の髪を短くして、蝶ネ
クタイにお仕着せのような服、さしずめ支配人といったつもりなのだろう。
 暗くて表情まではよく見えないが、怒りによる熱気がむんむんと伝わる。
 「前代未聞! まったく! このわたしが願い事を叶えないなんて」肩をいからせなが
ら舞台にあがってくる。
 「でも、願いは叶えたんでしょう」シルベスターが涼しい声で答える。
 「叶えたわよ! レジェスターは真っ赤な髪をしたハンサムであの子に夢中になるよう
なすてきな人に出会う。でもその前に粉末になるわね」ぞっとするような笑みを浮かべる。
 メグはいつも女王にへばりついている男を捜している。
 「さて、ここはどう? ちょっとばかり手を抜いたけど雰囲気は出てるでしょ?」
 「あなたはまったく芝居がかってきましたね。あの男の影響でしょ。彼はどこですか?」
 「わたしにも情けや思いやりはあるのよ。あなたを見てるととても悲しくなってくる」
そう言いながらメグにやさしい顔をするが、メグが警戒するようにシーラに寄り添うのを
見て鼻にしわを寄せる。
 「たまには善良な役回りもいいんじゃないかと思ってね」パチンと指を鳴らすと天井か
らするすると大きな姿見が下りてきた。なかに役者と呼ばれる男が閉じ込められている。
 男は鏡の内側に手をつけてじっとこちらを見ている。思わず駆け寄ろうとするメグの腕
をつかんで女王は引き止めた。
 「彼は記憶が戻りつつあるようよ。わたしの横でずっとあなたを捜してた。あなたのそ
の姿にもかかわらずにね」女王はあらためてメグの年を思い出させた。
 メグは女王がつかんでいる腕を振りほどくと睨みつけた。「思い出させてくれてありが
とう。本当に情け深いかただわね」
 シーラは気が気でなかった。相手は意地悪で気まぐれなやつだけど、この世界の女王、
機嫌を損ねるとメグに何をするかわからない。だけど女王は気を悪くした様子もなく、む
しろ楽しんでいる。これはよい兆候なのだろうか。
 シルベスターを見ると黙って傍観している。いまは観客ということか。
 「そうなのよ。結構いい役回りだわ」女王は姿見のなかの男に微笑んだ。「彼はよく仕
えてくれたし、とても楽しませてもらった。感謝しているのよ。でもそろそろ飽きてきた。
だから解放してあげようかと思うの。もとの世界に返してあげようかと」メグに向かって
にっこり笑う? 「彼が欲しい?」
 メグは戸惑った。もちろん彼が欲しい。だけど彼と自分の姿を比べる。彼が戻ってきた
らわたしは彼のおばあさんの役回りになるのだろうか? 彼が記憶を取り戻したらもっと
絶望するかもしれない。そして結局は去って行く。ああ、筋書きが見えるようだ。
 自分でも気づかぬうちにメグは姿見のまん前に立っていた。まるで絵を見るようにかつ
ての恋人を眺める。恋人は姿見の内側に張り付くようにしてメグを凝視する。そしてかす
かに口が動いた。 
 『メグ』
 声にはならなかったけどメグにはわかった。青ざめた顔で切ない吐息とともに鏡の表面
にふれる。ちょうど男の唇の場所。
 「ええ、彼が欲しい。わたしに返してもらえるのかしら?」正面から女王に挑む。
 女王は細めた目でメグを見ると口の端を持ち上げた。「願いを叶えてあげましょう。で
もその前に、わたしを放り投げてもらわないと」
 女王は本来のやり方でメグの願いを叶えると言う。女王を空高く放り投げ、落ちてくる
までに三回願いを唱える。そして落ちてきた女王をうまく掴まえるというものだ。願いに
つまっても、途切れてもいけない、つかみ損なえばもちろん願いは叶わない。
 長い沈黙があった。女王が腕を組みイライラと床につま先を打ちはじめたとき「わかっ
た」メグはひとこときっぱり言った。
 「待って!」とめたのはシーラだった。シーラはメグを舞台の袖に引っ張っていくとメ
グに噛みついた。「そんなに簡単に受けてしまって! 作戦を練らないと。女王はずる賢
いやつなのよ、何か企んでいるに違いないわ」
 「わかってる。だけどどうしようもないじゃない。いまのままでは彼はどうなることや
ら。どこぞの道端に捨てられるのがおちだ」
 「そうしたら、拾いにいけばいい」
 メグは苦笑いをした。「でも、もしかしたら……わたしのもとに戻ってくるかもしれな
い。わたしが彼のおばあさんになって一緒に暮せるかも」
 「そんな……」シーラは言葉が出なかった。
 「そうならないように祈ってちょうだい。考えがあるの」

 まるで儀式のように進んだ。女王とメグは厳かな顔で舞台の真ん中に敷き詰めた羊の毛
の上に立った。二人には注目を集めるスポットライトがあたっている。「ここなら落ちて
も痛くないでしょ」女王はにやりと笑うと「やり方はわかっているわね」念を押した。
 「さっさと始めましょ」メグは大きく息を吸った。
 女王はシャツのカフスボタンにしていた自分自身をはずすとメグに渡した。女王の姿は
消え二人にあたるライトはやさしい光に変わった。
 息のつまる瞬間だった。思わすシーラはそばにいるシルベスターの腕をつかむと、シル
ベスターはなだめるようにその上に手を重ねた。
 メグは思いのこもった瞳を鏡に送ると手を大きく振り上げ女王を空高く放りあげた。
 「彼の願いを叶えて! 彼の願いを叶えて! 彼の願いを叶えて!」
 しんと張りつめた空気のなかにメグのはっきりとした声が響き渡る。
 まるで時間が引き延ばされたようにすべてがゆっくりと見えた。三回の願いが唱えられ
たとき、石はまだメグの頭上にあった。落ちてきた石をつかもうと手を伸ばしたメグは羊
の毛につまずいてよろけてしまった。顔を歪ませたメグ、その一瞬石は空中に留まったか
のように見えた。メグはすかさず石をつかんだ。
 石をかたく握りしめ呆然としているメグにシーラは駆け寄りだきしめた。「メグ、やっ
たわ!」
 「離して!」金切り声にメグがこわばった手を開くとボンという音と白い煙とともに石
が消え、女王が横に立っていた。支配人はやめたようだ。首に自分自身をぶら下げた、初
めてあったときの格好をしている。
 「考えたわね、メグ。あとは彼次第。でも彼は何を望むかわからない」
 「ええ、わかってる」
 ふたりは姿見の前にいった。シーラとシルベスターはうしろからついて行きながら不安
な気持ちで見守った。
 姿身のなかの男はひたすらメグを見つめている。メグが近づくと鏡のなかから片手を伸
ばした。メグは鏡から突き出た手をおずおずと握ると、引かれるままに鏡のなかに入って
行った。
 「やれやれ」女王はメグを追うように姿見のふちを乗り越え鏡のなかに入って行った。
 女王が鏡のなかに消えると姿見も一緒に消えてしまった。同時にシーラの回りの景色が
ぼやけはじめる。


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