15 何もない空間


 気がつくとシーラとシルベスターは何もない真っ暗な空間に浮かんでいた。シルベスタ
ーはぼんやりと光っている。まるでやる気のないかがり火のようだ。幻想的で美しい。
 シーラはふと思い立ち、シーラカンスに変わると暗い闇のなか、鏡のような鱗をきらめ
かせながらゆっくり漂うように泳いだ。ひとまわり大きくて銀色の鱗を持つシーラカンス
が近づいてきて寄り添うように一緒に泳いだ。
 何も考えない。何も話さない。ただ漂った。
 しばらくたったころ、やっとシーラは口を開いた。
 「あのふたりはどうなると思う?」
 「さあ、どうだろう?」もう一匹の魚は考えながら言う。「彼はメグのあの姿にもかか
わらず彼女だとわかっていた。この先はどうなるかわからない。気まぐれな女王が彼の願
いをどうとらえるかにもよる」
 「あなたたちは願いを勝手気ままに解釈するのよね」シーラは深いため息とともに泡を
出した。
 「それが楽しみのひとつだからね。でも根っから意地悪なわけではない。いいところも
ある」
 「いいところねえ。それが発掘されるのを願うしかないのかしら」
 「流れ星をみつける?」からかうように言う。
 「ここにもひとりいるんだけど役に立たない」シーラがむっとして言う。
 「ちゃんと規則にのっとって願わないと。そんなむやみやたらに願いが叶うとありがた
みがない」
 「メグが落ち込んで戻ってきたらどうしよう? もう年だからショックで死んでしまう
かも。そんなのあんまりだわ。それにわたしはひとりぼっちになってしまう」
 「メグが願ったことだ。どんな結果になろうとも覚悟しているさ。それにいづれにして
も彼女は君より先に逝く」
 「わかっているけど考えたくなかった。それに違う将来の予定があった」シーラは忌々
しいジェイクを思い出した。
 シルベスターはぽっかり穴の開いた頭を傾げてシーラを見つめる。シーラはなんだか落
着かない気持ちになってきた。魚になっても穴が開いていてもシルベスターは美しい。流
れ星のトリックだ。そうやって相手を思うように操ろうとする。
 「前回のレースで僕は優勝したんだ。確か言ったよね、覚えてるかな?」
 「聞いたような気がする」
 「そのとき何を願ったか聞きたくないか?」
 シーラは戸惑った。何か魂胆がありそうだ。でも好奇心は抑えられない。「聞かせたい
なら聞いてあげてもいいわよ」
 「君はまったく素直じゃないな」シルベスターは鼻を鳴らし泡を出す。
 「僕は……君が僕に挑戦してくることを願ったんだ」
 シーラは言葉が出なかった。
 「僕は君をずっと前から知っていた。君が赤ん坊のころから」
 「もしかしてメグのもとにわたしをつれて行ったのはあなた?」
 「ああ、あの頃の君は本当にかわいかった」声は過ぎ去った昔を懐かしむ雰囲気をかも
しだしている。魚の顔では表情がよくわからない。でもシーラはちょっとむかついた。
 「悪かったわね。ひねくれた娘になっちゃって」
 「まあ、恵まれた環境ではなかった。僕が君を選ばなければもっといい、裕福な家庭に
もらわれていったかもしれない。君は丸々と肥えていて見るからに健康でまずまずの器量
だった。」シルベスターは軽く流した。
 「まずまずね。でも、十分に恵まれていたわ。メグがいたもの」ふと考えた。「なぜわ
たしを選んだの?」
 「僕が施設に赤ん坊を捜しに入ったとき、いちばんに君に目が入った。君は輝いていた
んだ。僕は光るものに弱い。君を抱き上げると楽しそうに笑った。そして僕の髪をつかむ
と離そうとはしなかった。僕は髪を抜かれるのが嫌だったので君をつれて行った。考えて
みるとあの頃から君には根性があったな」
 「ふうん。だからってわたしをけしかけようとしたのはなぜ? 幸せにしようという責
任感? それにしてはやり方がややこしいんだけど」
 「流れ星は結構寂しがりやなんだ。流れ星が願い事をするときはたいていパートナーを
望む。レジェスターのように。だが、相性のいいパートナーはめったにいない。僕たちの
見かけに惹かれただけの相手とは長続きしない。それでもいいと思っているものもいるが」
 シーラはどきどきしてきた。これはもしかして……。このときは魚でよかったとつくづ
く思った。いまどんな顔をしているのか自分でも考えたくない。
 「流れ星の仕事は結構大変なんだ。自分たちが願いに縛られていないときは仲間を助け
る。まあ、下働きみたいなもんだよ。だから一緒にそれをやってくれるものがいると助か
る」
 「それって流れ星の召使いってこと?」シーラはいっきに冷めた。
 「パートナーさ。まあ、似たようなものかな」シルベスターはしれっとして言う。突然
目が宙を漂った。
 「女王が呼んでいる」


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