20 星祭りでの接待 星祭りが近づいてくると星屑村も流れ星たちもがぜん忙しくなった。 式典の演出は今回もホレイショーが一任され、おまけにお芝居までしないといけないの で目の回る忙しさだ。メグの大きなお腹を撫でるひまもないとぼやいている。以前のあの ボケた頭でよくできたわねとシーラがからかうと気まずそうに笑った。 「あの頃は不思議な世界に迷い込んだみたいだった。目の前に大きな箪笥がある。必要 なものは抽斗をあけて取り出せばいい。だけどどうしても開かない抽斗があるんだ。なか にとても大切なものが入っているのがわかっている。でも鍵がかかっていて開かない。僕 はなすすべもなかった。メグにはまったく申し訳ないことをした」 すまなそうな顔をするハンサムな夫をメグは愛しげに見つめた。 「あなたのどこか抜けているところ、そこが魅力のひとつ。あなたが完全でいるのはそ ばに誰かがいるとき。わたしがその誰かになるの。これからずっと」 芝居がかったふたりの熱気にあてられ息苦しくなったシーラは何も言わずに消えた。ど うせ自分たちの世界にどっぷり入って気がつきはしないだろう。シーラは時間を節約する ために実体でないことに感謝した。北極の海にざぶんと浸かり、あてつけられた熱気を払 い次なる仕事に向かった。 星祭りの夜がやってきた。今回のテーマは海の世界。海水はないけれど空気がまるで水 中にいるかのように重たくまとわりついてくる。床にはきめの細かい砂が敷き詰められご つごつした岩やいろいろな海草がバランスよく配置され洞窟まである。招待客は状況をつ かむと、あるものは漂い、あるものは泳ぎ、新鮮な世界を楽しんでいる。ご婦人方の対応 は早く、すぐさま広がろうとする髪の毛を真珠やきれいな貝の髪飾りできちんとまとめ、 スカートからのぞく足をキラキラ光る鱗のついた人魚の尻尾にかえた。全般に肌の露出度 は高く、男性陣は鼻の下を伸ばし喜んだ。 テーブル珊瑚の上には特別なときにしか食べられないような料理が貝のお皿に盛られ、 ならべられている。ここは夢の世界だ。だから本物ではない。どんなご馳走だって用意で きる。 動物も昆虫も魚も分類しようがない生き物も自分たちの居場所を見つけすっかりくつろ いでいる。まずまずは大成功だ。シーラはかわいい人魚になりたかったのに女王から強制 的に巨大なヒトデにされてしまった。今回は招待客ではなく、接待側ですっかりこき使わ れている。胸に女王がぶら下がっているのでうっかり文句も言えない。まあ、言っている けど。 舞台の手配をしていると懐かしいつがいのシーラカンスが泳いできた。 「まあ、お久しぶり。元気だった?」 「あの状態が元気かどうかよくわからないが、幸せに暮らしてるよ」雄のシーラカンス が答えた。 「たまには遊びに来てちょうだい。新しいイベント『星の世界の不思議』が大人気よ」 雌のシーラカンスが楽しげに言う。「だけどこの会場は面白みがないわ」 確かに魚には新鮮さがない。二匹は絡まりながら離れて行った。相変らず仲がいい。 懐かしい面々に挨拶しながら会場を泳ぐ。この姿なのにみんながシーラだとわかるのが すごいと感心していると、どうやら背中に夜光虫で名札がつけられているようだ。きっと わたしは貴方の召使いとでも書いてあるのだろう。これでもかとばかりに用事をいいつか る。 ホレスターとマリーにも会った。ホレスターは前よりは密度が濃くなっている。着実に 身体を取り戻しつつあるようだ。表情はわからないがマリーのそばで幸せそうに見える。 本日のメインイベント、星祭り初の芝居は巨大な真珠貝を舞台にしている。いま、貝は 閉じた状態で開幕を待っている。なかではリハーサルがおこなわれているはずだ。ときど き貝がぶるぶると震えて罵声が飛びかうのが聞こえる。ホレイショーはにわか役者をうま くまとめることができたのだろうか? 舞台のそばでシルベスターと星屑村の村長が話しているのが見えたのでそばに行った。 流れ星たちもみんな接待役なのだが、彼らはその美しい姿で客を魅了し、楽しませる役柄 だ。ずいぶん待遇が違う。 「こんばんは、村長」 「やあ、シーラ。女王もごきげんよう」シーラの胸元のペンダントにお辞儀をする。 「今回も素晴らしい演出だね。ホレイショーはまったく楽しい男だ。いまや村でも貴重な 人材だよ」 「村長も劇に出るのでしょう?」役者はみんな星屑村の住人だ。 「そうなんだ。そろそろ行かないとな。残念ながらじじいの役でね。我が奥方と嫁は重 要な役だというのに。この次はもっといい役をもらえるよう少し脅しをかけてみようと思 っているよ」笑いながら真珠貝の舞台へ向かった。 「村長ってすてきな人ね」シーラはその姿を追いながらつぶやいた。人間離れした趣が ある。 「彼は以前、流れ星だったんだ」シルベスターが感慨深げに言う。 驚きのあまり口がきけなかった。ヒトデの姿ではわかりづらかったのだろう。シルベス ターは気づかないまま続けた。「彼はすてきなパートナーを得た。いまの奥さんだよ。そ して祭りのレースで優勝し人間になることを願った。そうでしたよね、女王」 女王はシーラの胸元で苛立たしげに震えた。あまり喜ばしいことではなかったようだ。 「彼には息子がふたりいる。ひとりは村の娘と結婚して子供もいる。下の息子はいい相 手がいない。だからこの祭りが終わったら、村を出て捜しにいこうとしている。村長と奥 さんはとても寂しがっているが、当の息子は楽しみにしているよ。若者の心は好奇心と冒 険心で満ちあふれている」 「年寄りみたいな台詞ね。でも村からそんなに簡単に出られるの?」 「ああ、別に閉じ込められているわけではない。だが、出るのは簡単なのだが戻れると は限らない。村から長い間離れると記憶が薄れていく。村へ戻る道を忘れてしまうんだ」 「まだまだ知らないことだらけね、この世界は」シーラはつぶやいた。「それにしても 女王はどうして姿を現さないの」まるで女王がいないかのように言う。 「みんながリラックスできるようにさ。女王を見るとたいていのみんな緊張する。君以 外はね。恐れられてもいる。君は特殊だ。それにほとんどの者が本当の女王の姿を知らな い」 「そうなの。神秘性を持つにはそうしたほうがいいわね。それを言うなら姿を現しても あまり話さないほうがいいわ。でないとただのわがままで意地悪で癇癪もちの暴君……。 いたっ!」シーラのヒトデの身体が紫色変わるほどしびれた。「……情け深く、おやさし い性格は隠しておいたほうだいいわ」シーラは身体の震えがとまると歯を食いしばってつ けたした。「みんなのために」 シーラは会場に不都合がないか確かめてまわりながらさっきシルベスターが言ったこと を考える。流れ星は人間になれる。ここにいる流れ星はみな見目麗しい。とてもいい環境 にいるのでは? そう考えにんまり笑う。女王に心のなかまで読まれなくてよかった。 「そろそろ開演の時間よ」女王の声が頭に響いてぎょっとする。 「わたしに話しかけることができるの?」 「これだけ近づいていれば、なんだってできる。なんならあなたの身体を使って踊って 見せましょうか?」 「いえ、結構。ということは……何もわたしの身体を痛めつけなくても口で言えばいい ってことよね」 「まあね。だけどそれじゃ面白くない」女王の声はそれはそれは楽しそうに響いた。 今度は怒りで真っ赤になりながらも、ふとある考えですぐに青くなった。「まさか、わ たしの考えていることは読めないわよね」おそるおそる訊いてみる。 「読めないけれど何を考えているかはまるわかり。あまり期待しないことね。わたしに とっては楽しくなさそう」 ふん! シーラは心のなかで毒づく。何をするにしてもいちばんの障害はクソ女王だ。 胸元の女王がそわそわとせかすのでスピーチの場所へと移動する。会場の真ん中で待っ ているとドボンという音とともに黒く丸い物体が降ってくる。みんなが見つめるなか、そ の物体黒い墨を吐き出しながらその身体をゆっくりと開いていく。あたりは真っ黒になり 何も見えなくなり、まるで濃厚な暗闇のなかにいるようだ。突然物体が金色に輝き、その 巨大な姿を現すとともに墨は金色の粉に変わる。突然水中の世界はキラキラと光る幻想的 な世界に変わった。 女王は真っ黒く何も見えなくなった隙に姿をかえ、あたりが輝きだすのを待った。シー ラはヒトデのままそばに控え付き人の役をこなす。ホレイショーが考えた演出だろう。い ったいいつのまに考えたのやら。 会場の真ん中には頭に王冠を乗せ金色に輝く巨大なタコが八本の足をのたうたせながら ゆっくりと回転している。女王は足元に寄ってきた足の一本に優雅に乗ると背筋をぴんと 張り威厳と微笑を身にまといタコの頭に載った王冠の輪のなかに降り立った。真珠をちり ばめた虹色に輝く薄絹を何層も重ねたような衣装を着た女王はまるで水中花のように美し い。いつもよりさらに若く艶然とした美女に化けた女王は会場をゆっくり見回すと満足げ に微笑んだ。 「みなさん。よくお越し下さいました」女王の透き通った声がホール全体に響く。 シーラは女王の影におとなしく控え、会場を見回して知っている顔ぶれを捜した。ベッ ドに寝たきりだと言っていたあの人のよさそうな老人はいない。でもシーラがケーキを届 けた女の子がやはり大きなケーキのかたまりをつかんで、口をいっぱいにしたままニコニ コとこちらを見上げている。 「今宵は特別な夢の夜です。ここではあなた方の夢がなんでも叶います。もちろん少し ばかりの規則はありますが」女王はいったん口を止め、あたりを見回す。「あまりにも見 苦しい真似をされるとただちに送り返しますので行動、言動には注意なされるように」や さしく釘をさす。「今回は素晴らしい才能ある協力者を得て楽しいお芝居を用意しました」 タコの足が女王の横にホレイショーをつれてきた。正装をしたホレイショーはうやうや しく女王にお辞儀をすると会場のみんなに手を振ってふたたびタコの足に運ばれていった。 帰り際にシーラに「悪くない演出だろ?」自慢げに片目をつぶった。やはりもうひとり誇 らしさで顔を輝かせて盛大に拍手をするメグが見える。シーラも微笑まずにはいられない、 ヒトデにできる範囲で。 会場が落着くのを待って女王は続けた。「最後には恒例の流れ星たちによるレースがあ ります。みなさん、ごゆっくり楽しんで下さい」 巨大タコが薄い墨を吐き出し会場は薄闇に包まれた。闇にまみれて姿を消すと女王はシ ーラの胸に戻ってきた。 「素晴らしいスピーチでした」シルベスターとヒラヒラとしたドレスに身を包んだメグ が近づいてくる。スピーチのあと、女性はいっせいに女王の衣装を真似、薄暗くなるとま るでホタルイカのように光りだした。会場はあちらこちらに漂いながら色とりどりに光る 水柱花でとても幻想的な世界になった。 「スピーチはいつも似たりよったり。もう少し考えないとね。でも衣装はなかなかよか ったでしょ」シーラがかわりに答えた。女王が言いたいことはだいたいこんなもんだろう。 シルベスターは眉をあげ目を宙に泳がす。「まあ、そんなところね。女王がそう言って いる」 シーラは肩にあたる部分をすくめた。 「そろそろ劇がはじまるわ。楽しみね」メグがわくわくとしている。三人は面白みがな くなるからと言われ内容を知らされていないし、稽古も見せてもらえなかった。 「最初はホレイショーもどうなることやらと頭を抱えていたわ」役者はすべて星屑村の 村人、ド素人相手にホレイショーはずいぶん苦労をしたらしい。「だけど最後のほうでは みんなすっかり役にはまり素晴らしかったそうよ。これも彼だからこそできたと思うの」 メグは自慢げではあるが不安の色は隠せない。 「大丈夫よ。彼だって自分がやっていることぐらいわかっているはず、あんな目にあっ たんだから。前みたいに自分を忘れるほどのめり込んだりしないわよ。メグばあちゃんは 心配性すぎる」 「メグ姉さんよ。それにしてもわたしもこんなじゃなかったら出たかったな」ヒラヒラ の下に隠れた大きなお腹を愛しげに撫でる。 「それを言うならわたしも!」シーラはお付きの仕事があるからといって女王が許して くれなかった。横で澄ました流れ星に視線を送り意見を問う。 「僕は遠慮しとくよ。あがり症だから。そろそろはじまりそうだ」 開演を知らせるブザーが鳴る。 会場のみんなが巨大な真珠貝の前に泳ぎながら集まってきた。ゆっくりと開かれる二枚 貝の重たい口の隙間からまばゆい光があふれだす。 現れた舞台の上にはとある玄関に立つ若い娘がいた。 TOP BACK NEXT HOME Chap.20