8 流れ星の使命


 シーラ・シーラカンスは海の底にいた。
 ゆらゆらと揺れる海草は眠気を誘う。目を半分閉じたまま何も考えずただ漂う。シーラ・
シーラカンスには特別にまぶたがあった。
 止まった時間のなかで化石に変わろうとしたときに目の隅に何かが近づいてくるのが見
えた。別のシーラカンスだ。シーラより動きが優雅で銀色に輝いていて身体のところどこ
ろに穴が開いている。
 ふうん。お腹の真ん中はまだないんだ。シーラはぼんやりと考えた。
 「久しぶりだな」
 「やすらぎの世界へようこそ。でも残念なことにたったいま、やすらぎはなくなりまし
たが」
 穴あきシーラカンスは鼻から泡を吹いた。あまり上品ではない。
 「それでどうなったの? あなたは挨拶もなしに消えちゃったんだっけ、あのとき」厭
味っぽく言う。
 「ああ、仲間の一人が砕け散ったんだ」
 「砕け散ったって? あなたのように?」
 「いや、もっとひどい。粉々になったんだ」
 シーラは驚いた顔をしようとしたが魚の顔では難しい。「詳しく話して」
 流れ星はためらっているようだった。「その前に目の前の仕事だ」
 「ええっ。わたしの好奇心はおあずけ?」
 「そういうことだ」流れ星はパチンとひれを鳴らした。

 他愛もない願いだった。男の子が好きな女の子を振り向かせて欲しいという願い。流れ
星は文字とおりただ振り向かせようとした。シーラはそこまでふざけてはいない。流れ星
に苛ついた目を向けながらも、女の子の気持ちを男の子に向くように仕向けた。問題は女
の子がそれほどその男の子に関心を持っていないこと。それでも精一杯、夢のなかのすて
きな出来事という技を使い男の子を十分アピールした。彼女が目を覚ましたときには彼は
彼女の王子様になっているだろう。これからはあの男の子を見る目が変わるに違いない。
男の子の願った内容ではこれが精一杯だ。もっと多くを望むならそれなりの願い方をしな
くてはならない。
 シーラはため息をついた。自分はずいぶん良心的だと思う。人の願いを叶えるのは難し
いもんだ。流れ星のように淡々とこなせばいいものを、つい、相手に入り込んでしまう。
シーラは恨めしそうに流れ星を見た。
 「あなたの仕事のやり方は冷たい」
 流れ星は眉をつりあげた。「きちんと言われた願いを叶えている」
 「きちんと? 確かに額面どおりにね。だけど微妙な問題になるとすりかえている。わ
かってやっているんでしょ?」
 「まあね」驚いたことに流れ星は正直に認めた。「だけど僕たちは命の危険にさらしな
がらこの仕事をやっているんだ。どうでもいいようなことには手を抜く」
 今度はシーラが眉をつりあげる番だった。先をうながすように流れ星に視線をおくる。
 「僕たちは願い事を叶えるために生まれてきた。望むと望まないとにかかわらずそれが
使命だ。だけどそれがいつもいい結果につながるとは限らないとわかっている。願いとは
たいていが自分勝手なものだ」 
 シーラは自分のかけた願いを考えるとちょっと苦笑いをした。
 流れ星はどう話そうかと考えている。
 「僕たちはくだらなくてわがままで身勝手な願いを叶えている。それはそれで別にかま
わない。むしろそうであるのを望んでいるくらいだ。だけどなかには素晴らしく崇高だっ
たり、壮大だったり、あるいは叶えることが不可能であるがゆえに僕たちを破壊してしま
う願いがある」
 「破壊? 粉々になるってこと?」シーラはこのあいだの流れ星の様子を思い出して言
った。
 「ああ、僕たちは万能ではない。むしろできることはとても限られているんだ。手にあ
まることを願われると僕たちは壊れる」
 「死ぬの?」
 「ちょっと違うけど似たようなもの」
 ふたりの間に沈黙が漂う。シーラには訊きたいことがたくさんあるのだが、何をどう訊
いていいのかわからない。
 「君とのつきあいも、もう少しだ」流れ星が突然話題をかえた。「僕の身体はあと三箇
所で完成だ」
 「ええっ! そうなの?」いきなり言われシーラは驚いた。
 「君は数えていなかったのか?」流れ星は呆れた顔をする。「早く縁が切れるのを指折
り数えていると思っていたんだが」ひねた笑いを見せる。
 「はじめは数えてたわよ。でも途中で面倒になってやめた」これは本当なのだがシーラ
は終わりがそこまで近いとは思っていなかった。なんせまだ片目がないのだ。そんな肝心
なところがなければまだまだだと思うものだろう。「ふうん」
 「何がふうんなんだ? まあ、僕としては早くその日がくることを願っているよ。君の
こうるさい小言や正義感から解放される」
 「ついでにあなたのそのひねくれた根性を更生しているのよ。ありがたいと思いなさい
よ」
 「君に言われたくはないね」
 「ねえ、あなたの身体が全部揃ったらあなたもわたしも元の生活に戻るのよね。もう会
えないの?」
 「僕に会いたいのか?」心なしか喜んでいる。
 「まあ、これも何かの縁だし、あなたはひねくれたやつだけどそれでもきっと、たぶん
会えなくなると寂しくなるわ」シーラは慎重に言葉を選んだ。
 「ふうん? なんとも微妙な言い回しだな」流れ星から感情は読み取れない。それから
シーラを深い闇のような片目で見つめるとふっと笑った。
 「今度、僕たちの世界でお祭りがあるんだ。星祭り。年に一度開かれる盛大なお祭りだ。
よかったら君もこないか?」
 「すごい! ぜひ行きたいわ」
 「それまでに身体が完成するといいんだが」
 「何か差し障りでもあるの?」
 「レースがあるんだ。僕たち流れ星がみんなで夜の空を走る。それは見事なものだ。前
回は僕が優勝した。僕はいちばんの俊足なんだ。でも、完全な身体でないと参加できない
んだ」流れ星はため息をついた。「それまでに僕の身体が集まることを願ってくれ」
 「願えば叶うの?」
 「いや、この願いは自力でしか叶わない」


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