9 星の女王 「星祭りに招待されたの」 きのうの夜も食べた子羊亭のシチューの残りを温めなおした朝食を食べながらシーラは メグに報告した。このところふたりの食生活は子羊亭にすっかり頼っている。 「星祭り? なんだい、それは?」メグはシチューをほおばった。 「年に一度開かれる星のお祭り」 「ほう、世の中には知らないことがいろいろとあるもんだね」 メグのすごいところはどんな話でも受け入れる懐の広さだ。シーラの身に起こっている こともあたりまえのように受け止め大騒ぎをしない。どう考えてもまともなことなどひと つもないのに。 「面白そうだねえ。わたしの招待状がないか訊いてみておくれ」メグは笑いながら言っ た。 「わかった。期待しないでね、あいつはケチなやつだから」 結局、星祭りまでには流れ星の身体はできあがらなかった。最後のひとつがどこかわか りくいところにあるらしい。流れ星の姿は正面から見れば完璧、そして腹がたつほど素晴 らしかった。すべての銀色を含んだ髪はゆるやかに波打ちながら肩にとどいていた。きり りとした眉と深い色をたたえた濃紺の瞳。鼻筋はとおり、柔らかそうな唇はいつでもひね くれた笑みを浮かべられるように心持ち上がっている。身体は細身でしなやかだが決して なよなよとはしていない。力強く敏捷な動きを秘めている。手の指は長く繊細だが、その 力がとても強いのは知っている。その握りこぶしが岩を砕くところを見たからだ。いつも 身体全体がほのかに光を帯びているからよけいにすてきに見えるのだろう。いやきっとあ の光に何か見るものの目を惑わす仕掛けがあるに違いない。とにかく嫌味なやつなのは間 違いない。 「ちょっとうしろを向いてみて」最後から二番目の仕事が終わったときにシーラは流れ 星に言った。 流れ星は素直に、そして忌々しいほど優雅にくるりとまわった。 「間抜けに見える」 流れ星の後頭部はてっぺん近くにぽっかり穴が開いている。まるで禿げているように。 正面に戻った流れ星は余裕を見せるようににやりと笑った。「完璧な姿だと気後れする んだろ?」 「自惚れ屋。誰かにそう言われたことない?」 シーラは流れ星につれられて願い星の世界に来ていた。村全体が寝静まった時間、家の 裏庭にシーラを迎えにきた流れ星は手を差し出した。流れ星の身体にふれないとこの世界 へははいれないらしい。シーラはドキッとした。流れ星の身体にしっかりとさわるのは初 めてだった。つないだ手は思ったとおり、ひんやりとしていたが繊細でやさしかった。い つもシーラが好きな場所へ行くときは頭のなかでその場所を考える。すると自分の仮の身 体がそこに移動していた。 だが願い星の世界への移動はぜんぜん違った。流れ星と手をつなぐとシーラは自分が輝 きはじめるのを感じた。内側から光があふれでてくる。流れ星はシーラをにやりとした顔 で見下ろすといきなり空高く飛び出した。 それは空から星が降るの逆パターンだ。まるで花火のようにシーラは夜空に飛び出した。 まわりを見回す余裕もないままに、流れ星にしがみついているとごつごつとした岩の寄せ 集めのような星が目の前に現れた。かなり大きいが月よりはずっと小さい。流れ星はシー ラを抱えたままためらいもせずその星に突っ込んでいく。 「嘘! やめて」シーラは思わず目とつぶった。 シーラはとある家の玄関の前に立っていた。はっと我に返り、流れ星にまだしがみつい ている自分に気がつくと慌てて離れた。 「ここはどこ?」星に激突したはずなのだが。 「星の女王の屋敷だ」 不思議な世界だ。まるでシーラの世界と同じ。うしろを振り返ると手入れの行き届いた 牧場が果てしなく広がっている。だけど一匹の羊もいなければ家もない。 星の女王の家はジェイクの家に似ている。つまりお金持ちの屋敷だがまわりに納屋や小 屋や余分なものはなく母屋だけしかなかった。 流れ星が呼び鈴を鳴らすとすこぶる見栄えのいい男が玄関の扉を開けた。男は広くて居 心地のよさそうな応接間にふたりを案内し「ご主人様はすぐまいりますのでここに座って お待ち下さい」優雅にお辞儀をして出て行った。 大きな暖炉のなかでは香りのよい薪がくべられ気持ちのいい火が燃えている。暖炉のそ ばのふかふかした長椅子に座り、シーラは先ほどの案内の男のことを考えた。奇妙な男だ。 とても整った顔をしてスタイルのよい、いわゆるハンサムな男なのだがなんかおかしい。 どこか間が抜けて見える。まるで塩と胡椒とスパイスが足りないラムステーキのよう。も ったいない話だ。 部屋の配置された趣味のよい調度品をぐるりと見渡す。暖炉の上に飾ってある老人の肖 像画に惹きつけられた。半身で斜に構えこちらを見つめるその男はいかめしい顔にヤギの ような髭を生やしている。せっかくの立派な肖像画なのにまるで農夫のように粗末な身な りをしている。 「お待たせしましたね」いきなり話しかけられシーラは驚いた。 いつのまにか正面の椅子に年配の女性が座っている。 蜂蜜色をした髪を上品にまとめ、質素だけど趣味のいいドレスを着たその女性はにっこ りとシーラに微笑みかけた。予想していたような輝くばかりの美しさとはほど遠く、ふっ くらとした体型と平凡な顔立ち、ただ瞳の色はいろいろな色を混ぜてできあがったような 不思議な色合いをしており、声はまるで深い井戸のなかから響いてくるようだった。目の 周りには笑いじわがあるが目自体は決して笑っていない。何を考えているのかわからない 目だ。胸には目と同じ色をした胡桃ほどの大きさのある石のペンダントを下げている。宝 石なんていうものではなく、シーラがよく遊ぶ火山で見かける赤黒くてザラザラとした目 の粗い溶岩のようだ。肌にあたると痛そう、それに肩もこりそう。 「人をじろじろと見るのは失礼だよ」 流れ星にたしなめられたシーラは赤面した。 「いいのよ、シルベスター。シーラでしたっけ。この姿は気に入ってもらえたかしら?」 星の女王はやさしく微笑む。 何か言わなければとシーラが焦っているとさっきの男がお茶を運んできた。みんなの前 にカップを置くとポットからお茶を注ぎお砂糖とミルクの好みを訊く。動きはとても優雅 で洗練されており、その声は深いバリトンでよく響く。なのにやはり腑抜けている。 男はお辞儀をするとさまよい人のように出て行った。 「この子が大変お世話になっているようね」星の女王がお茶に口をつけると顔をしかめ た。「また間違ってる。まったく何度言ったらわかるのかしら。お茶の温度はあと二度高 くないと」そう言いながらも口をつける。 「あなたにはとても感心してるの。なかなかいないのよ、あなたのように最後までやり 遂げようとする人は」 どうやら流れ星のかけら集めのことを言っているらしい。シーラがふたたび何か言わな くては焦っていると女王は勝手に話を続けた。 「この子につき合うのはなかなか難しいでしょ? なぜか流れ星たちはみんなどこかひ ねくれてるのよ。好き勝手にさせるとやりたい放題、だからわたしが手綱を締めているの よ」 シーラの横で流れ星が小さく鼻を鳴らした。女王の耳にも聞こえたはずだが女王は無視 して話を続けた。 「わたしは星の女王なんかじゃないの。本当はただの石ころ。女性でもない。なのにこ の子たちはわたしを星の女王とたてまつりたがる。しかたがないから人前ではこの子たち の面目を立ててね、そう振舞っているの。見かけも含めてね。こうやって人間と話すのは いつも楽しいわ。この子たちはどこへでも行けるけどわたしはそうはいかないのよ。わた しがこの世界を支えないとなくなってしまうから」 「不平を言う筋合いはありませんよ。女王。あなたがこの世界を造ったんだから」流れ 星がぴしゃりと言う。 「本当にどうしてそんなに意地悪なのか。シルベスター、特にあなたは辛辣よね」 流れ星は相手にせずゆっくりとカップに口をつけた。「ちょうどいい温度だ」 女王は流れ星を睨みつけたがシーラにはにっこりと笑いかけた。 「あなたも不思議に思っているでしょ? どうしてこの子が砕けてしまったのか。わた しがそういう規則をつくったの。願いはそう簡単に叶えるわけにはいかない、そうでしょ? みんなそれにすっかり頼ってしまう。だからいろんな制約をつくったの。だけどわたし は願いを叶えたい。そのためにつくられたのだから。だけどどうしても叶えられない願い もある。その願いがかけられるのが怖くてしかたがないし、かけられて叶えれないと悲し くてしかたがない。そんなわたしの気持ちをこの子たちが代弁してくれるのよ」 流れ星は目をくるりとまわすと呆れた顔をして小さく首を振った。 女王は流れ星の無作法を無視してシーラに話を続けた。「確かにちょっとひどいことを しているかもしれないわね。でもしかたがないのよね。こういう性質はつくられたときに 植えつけられたの。わたしをつくった人はとても規則が好きだったの。どうやってわたし ができたか訊きたい?」 TOP BACK NEXT HOME Chap.9